埋没まいぼつ)” の例文
旧字:埋沒
是には幸いにしてまだ有形無形の史料が、必ずしも埋没まいぼつしきってはいない。ただ統一時代における我々の関心が、法外に乏しかったのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
幸福な融和よりも、窒息ちっそくしそうな埋没まいぼつしか、私にはあたえられない。歓びとともにその幻影に自分の核までを解消してしまう力が、私には欠けているのだ。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
その間に正成は士卒を督し、城中に大なる穴を掘らせ、堀の中にて討たれた死人の中、二三十人ばかりを持ち来たしその穴の中へ埋没まいぼつさせ、その上にすみたきぎを積み重ねさせた。
赤坂城の謀略 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
奇怪な神秘の顕現けんげん慄然りつぜんとしながら、今、彼の魂は、北国の冬の湖の氷のように極度に澄明ちょうめいに、極度に張りつめている。それはなおも、埋没まいぼつした前世の記憶の底を凝視ぎょうしし続ける。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
喝采かつさいくが如くにして階上左側の妨害を埋没まいぼつする刹那せつな、警視は起てり「弁士、中止」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
芸術などは思潮自体流行的なものだから別してそうで、流行作家というものは時代思潮を血肉化して永遠の足跡を残す人は案外少くむしろ歴史的には埋没まいぼつする性質の多いものなのである。
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ここにひとり、この左膳の乾雲埋没まいぼつをひそかに目睹もくとしていたものがあった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
取っておきの老酒ラオチューかめが姿を消したり、つらはちの苦難つづきであったが、しかもなお彼は抗日精神こうにちせいしんに燃え、この広大なる濠洲の土の下に埋没まいぼつしている鉱物資源を掘り出し、重工業をさかんにし
また本題にかえって卒業式における名士の実業に関する演説をみるに、彼らは富貴ふうきの危険を大いに警戒して、巨万のとみを積んでおのれの霊魂を埋没まいぼつするなからしめんことを説き、富貴は人生の目的でない
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
時代の変遷へんせんに会う毎に埋没まいぼつはいよいよ甚だしく、結句めいめいの迷いを散じもうひらくために、手近に見つかる知識をさえなくしてしまうのである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
日ごと問題の図書館(それは、その後二百年にして地下に埋没まいぼつし、さらに二千三百年にして偶然ぐうぜん発掘はっくつされる運命をもつものであるが)に通って万巻の書に目をさらしつつ研鑽けんさんふけった。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
誰にも知られることなく密かに埋没まいぼつされているのである。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
是と対比し、且つ参照せらるべき幾つもの前代生活の持続が跡づけられる故に、過去は必ずしも埋没まいぼつし尽してはいない。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
もしくは畸形きけいに発育してしまった世の中に、生まれ合わせて来た我々は、殊に是を改善整頓して、人間の最も埋没まいぼつしやすい生活、いわゆる片隅かたすみの喜怒哀楽、ありふれたる民衆の幸福と不幸とのために
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)