名状めいじょう)” の例文
かたい、冷い薄縁の上に、くずおれて、じっとしていると、ひしひしと迫る夜気、地底の穴蔵の、墓場の様な、名状めいじょうがたき静けさ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
だから、租界中が、この柱時計のことだけでも、どんなに名状めいじょうすべからざる混乱におちいったかは、読者が容易に想像し得らるるところにちがいない。
常子はこの馬の脚に名状めいじょうの出来ぬ嫌悪けんおを感じた。しかし今をいっしたが最後、二度と夫に会われぬことを感じた。夫はやはり悲しそうに彼女の顔を眺めている。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何とも名状めいじょうしがたい、一種の鳥の啼声なきごえのような叫び声を出して、その場に尻餅しりもちをついて倒れてしまった。
誰が何故彼を殺したか (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
アンドレイ、エヒミチがあらた院長いんちょうとしてこのまちときは、この病院びょういん乱脈らんみゃく名状めいじょうすべからざるもので。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
江戸堀えどぼり公判廷に至るの間はあたかも人をもてへいを築きたらんが如く、その雑沓ざっとう名状めいじょうすべくもあらず。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
こそばゆいような、名状めいじょうのできない感じであった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
乱暴狼籍らんぼうろうぜき名状めいじょうすべからず。
その名状めいじょうすべからざる一種の感じに対しては、恐怖とか戦慄とかいう言葉は、余りにありふれた、平凡至極なものに思われた程でありました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そしていきおすざまじく、井戸の中に落ちていった。夫への最後の贈物だ。——ちょっと間を置いて、何とも名状めいじょうできないような叫喚きょうかんが、地の底から響いてきた。
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一二秒間を置いて、「ク、ク、ク……」と、歯ぎしりをする様な、或は泣きじゃくりをしている様な、一種名状めいじょうし難い、低い物音が聞えて来た。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は、名状めいじょうすべからざる困惑こんわくを感じた。しかしついに、彼は女の躯から手を放そうとはしなかった。自分の胸の中で、嗚咽おえつするその女が、ただもういじらしくて仕方がなかったし、それに
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それは一種名状めいじょうがたい、浪花節語りの様な嗄声しわがれごえであった。そいつが、どこにいるのかは、ちょっと見当がつかなかった。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その奥には一体全体どんな設備があるのか、そもそも何者が住んでいるのか、愛之助は何かしら名状めいじょうし難い魔気という様なものに襲われ、戦慄を禁じ得なかった。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
昨日までは愛すればこそ、一種の恐れをさえ抱いていたこの人と、今駈落かけおちをしているのだと思うと、悲壮な様な、甘い様な、名状めいじょう出来ない感じで胸が痛くなった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
名状めいじょうがたさみしさで、はては、涙ぐましくさえなって来るのを、どうすることも出来ませんでした。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小説を知っている丈けで、まだ逢ったことのない、毒蜘蛛の様な、あの大江春泥が、私と同じ恰好かっこうで、その天井裏を這い廻っていたのかと思うと、私は一種名状めいじょうしがたい戦慄に襲われた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どこかしら、飛んでもない思い違いがある様な、名状めいじょうがたい不思議な気持だ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
倭文子は、突然、心の底からわき上って来る、名状めいじょうがたい恐怖にとらわれた。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
額全体が余程よほど古いものらしく、背景の泥絵具は所々はげおちていたし、娘の緋鹿の子も、老人の天鵞絨も、見る影もなく色あせていたけれど、はげ落ち色あせたなりに、名状めいじょうがたき毒々しさを保ち
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
十九歳の美子姫は、侯爵の一粒種ひとつぶだね、婦人雑誌、写真画報などで、姫の容姿に接したものは、その名状めいじょうがたきあどけなさ、不思議な魅力をたたえた、夢見る如きまなざしに、うっとりせぬ者はなかった。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
人間らしくないところに、名状めいじょうしがたい強烈な魅力があった。
悪霊物語 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)