口伝くでん)” の例文
旧字:口傳
あらゆる穀作こくさくにも通じて言えることだが、稲にはことに年久しい観察に養われた、口伝くでんとも加減とも名づくべき技芸が備わっていた。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かつて山中で病猪を見たるに実にこの画のごとしと。応挙初めてさとり翁に臥猪の形容を詳しく聞き、専らその口伝くでんに拠って更に臥猪を画く。
期を知るという事は、早き期を知り、遅き期を知り、のがるる期を知り、のがれざる期を知る、一流直通という極意あり、此事このこと品々しなじな口伝くでんなり。
巌流島 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
そうすると、何か世話を焼きたがる老人たちも出て来て、何かと口伝くでんを教えるものですから、お祭の景気は予想外に大きなものになりそうです。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この時、口伝くでんをうけたのが獅子刀ししとう虎乱こらんけん。二つながら衆を対手あいてとする時の刀法である。弦之丞はそれを味得みとくしていた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これが、あっしどもの口伝くでんなんでございまして、葉の合口へ少々ふりこんでやりますと、不思議に生気がつきます」
顎十郎捕物帳:02 稲荷の使 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
三度目の稽古日、忍術に関するいろいろの口伝くでんや理論を聞いて、小さい課程の幾つかを済ませた後、別室に退いて、娘に茶を入れさせながらの話です。
当時は歌道などにも口伝くでん、秘伝などというものがあって、それは師の衣鉢いはつをつぐ者か、よほど秀抜なものでないと与えられなかった、加代のめざましい進歩は
日本婦道記:梅咲きぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
奇門遁甲きもんとんこうの書というものが多く世に伝えられている。しかも皆まことの伝授でない。まことの伝授は口伝くでんの数語に過ぎないもので、筆や紙で書き伝えるのではない。
一方に僕もまた親ゆずりの病身者で、おまけに早くから母に別れた牛乳育ちの弱虫だったもんですから、父から伝えられました事は大抵口伝くでんばかりと云っていいのでした。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「いや、知つてはゐなかつたのでせう。住の江の忘れ草が何であるかといふことは、津守つもり家の口伝くでんで、世間のものはただ勝手にそれを想像してゐるに過ぎなかつたのですからな。」
細部や仕上げにいたっては各家口伝くでん、なかには弟子にさえ秘しているところがあって、おのおの異なり、容易に外界から推測すべくもないが、まず大体は同法であって、すなわち……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
(こいつあ口伝くでんだ、見ちゃ不可いけねえ、目をつぶっていておくんなさい。)
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
食物の家でととのえるものは、飯以外にも数かぎりなく多く、是にこそ刀自の口伝くでんと工夫とが光を放っていたのであった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
口伝くでん玄秘げんぴの術として、明らかになっていないが、医術と、祈祷きとうとを基礎とした呪詛じゅそ調伏ちょうぶく術の一種であった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
みんな常づね口伝くでんのように戒め合い、いざというときまごつかないだけの手順はつけてあるのだった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして文学やら絵やら口伝くでんやら、あらゆるかたちをとおして、ひとの知性や血液にまではいってゆく
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わざわいその身に及ぶというようなことを説いて——それはむしろ福松の最初からの口伝くでんのようなものですけれども、それを繰返して述べて、福松に渡そうとすると、福松がそれを押し返して
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
積年ノ経験ヨリ得タル一種ノ精神科学的ノ暗示法ヲ口伝くでん心伝シオリ、コレヲ理智、理性ノ発達不充分ナル女子、小児、モシクハ無智、蒙昧もうまいナル男子等ニ応用シテ、ソノ精神作用ニ何等カノ変化
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
据物斬りの口伝くでんを平次は聴き覚えていたのです。武士は突き出すように斬り、やくざは引きながら斬る。剣道にはこの二つの型——画然かくぜんたる上品下品の型のあることを平次は思い出したのでした。
別に口伝くでんというほどのものでなくとも、右とか左とかの手順がまって、それを取りちがえると結果が気づかわしく、馴れてしまうまでには指導が必要であったのであろう。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「楊儀に命ぜられました。また、兵法密書口伝くでんは、生前ことごとく姜維きょういに授けられたようで」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
現代的栄養学にまなんだのではなく、親の代から口伝くでんされた経験による知恵なのだ。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
口伝くでんも極意もないのがこの道さ」
十幾通りの口伝くでんのあることや、それによって、鎖が蛇のからだのように自由な線を描き、鎌と鎖と、こもごもに使って、敵を完全なる錯覚さっかくの光線に縛りつけ、敵の防ぎをもって
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかるについ近ごろになって、佐々木君の『東奥異聞』には遠く離れた陸中の上閉伊郡と、羽後の北秋田郡のマタギの村とに、同じ話が口伝くでんとなって残っていたことを報告している。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そうした結末はやはり一つの口伝くでんの日の日は日半ひなかどれ」という、天気うらないのことわざを覚えてかえり、それを知らずにいた意地悪いじわるの友だちは、舟をくつがえして死ぬということになっている。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それには、新九郎の筆で、老師から口伝くでんをうけた心極刀の秘密がすッかり書き加えてあった。自斎が七年の熱欲もここに達し、富田三秘の剣、無極、太極、心極はこれで彼の手にも完全した。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紙縒襷こよりだすきというのは、むずかしい口伝くでんがあるものとか聞いていたが——佐助が見ていたところでは、ひどく無造作に見えたし、また、その作りかたのはやいのと、襷にまわした手際のきれいなのに
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)