凶事きょうじ)” の例文
そうかと云って、「しゅう」をそのままにして置けば、独り「家」が亡びるだけではない。「主」自身にも凶事きょうじが起りそうである。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
嘲笑あざわらうように、また揶揄やゆするごとく、くっきり浮き上っているのが、まことに凶事きょうじそのもののように、不気味に見える。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「こいつは、目安箱が、悪い方へたたったかな? ……」と考えて、とかく凶事きょうじにばかり想像される。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
克彦はそのときの巨大な赤い月を、あの凶事きょうじ前兆ぜんちょうとして、いつまでも忘れることができなかった。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ねこわれたねずみのように、あわただしくんでたおせんのこえに、おりから夕餉ゆうげ支度したくいそいでいたははのおきしは、なにやらむね凶事きょうじうかべて、勝手かって障子しょうじをがらりとけた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
あなたは凶事きょうじを自分でえがいてはまねき寄せようとするように見える。凶事についてのあなたの異常な想像力にわしはまったく驚いてしまう。それがあなたの不幸の原因だ。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
名家の屋形にはけちがついたのである。姫の怨念おんねんは八重垣落しの断崖のあたりをさまよっていて、屋形に凶事きょうじのある前には気味のわるい笑い声がしきりに聞え、吉事きつじにはさめざめとくけはいがする。
取って、お捻りのうえに『御礼』と書いたやつがあるんだ。よろこびごとなら朱の紅筆で、きょうみてえな凶事きょうじにゃあ墨でナ——その包みを拾った者はおめえ……
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あははは、何かと思えば夢をごらんになって劉皇叔りゅうこうしゅくのお身の上に、凶事きょうじがあったものと思いこんでいらっしゃるのですか。どんな凶夢でも夢はどこまでも夢に過ぎません。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空にはかさのかかった月が、無気味ぶきみなくらいぼんやりあおざめていた。森の木々もその空に、暗枝あんしをさしかわせて、ひっそり谷を封じたまま、何か凶事きょうじが起るのを待ち構えているようであった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
決定する材料の得られない苦しみだ。しかも死んでいるか、生きながらえて恥をしのんでいるか、二つの凶事きょうじうちから、決定しなくてはならないのに! わしは人間に想像力があるのが恐ろしい。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
その、山のように撒くおひねりのなかに、たった一つ、道場のお嬢様萩乃はぎのの手で、吉事ならば紅筆べにふでで、今日のような凶事きょうじにはすみで、御礼おんれいと書いた一包みの銭がある。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
宗易の家族から、事情を聞いた人々は、やがてそうした凶事きょうじが、同じ十人衆として名を連ねている自分らの身にもふりかかって来るのではないかと、色を失って、嘆息のていを並べていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)