公儀こうぎ)” の例文
流しはからず公儀こうぎの御調しらべに相成し事冥加みやうが至極しごく有難く存じ奉つる然らば現在のまゝ申上候はんが私し儀何等の意趣も之なき惣内夫婦を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「嘘かも知れない、——いや嘘であつてくれるとよい。若し本當なら、公儀こうぎに睨まれてゐるあの御藩中は、今に大變なことになるだらうよ」
「結構じゃありませんか。——たとえ生きておかえりになるようなことがあっても、磋磯之介は、公儀こうぎのおたずびとですからね」
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伝吉の見事に仇を打った話はたちまち一郷いちごうの評判になった。公儀こうぎも勿論この孝子には格別のとがめを加えなかったらしい。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
横着者わうちやくものだなとは思つたが、役馴やくなれた堀は、公儀こうぎのお役に立つ返忠かへりちゆうのものを周章しうしやうの間にも非難しようとはしない。家老に言ひ付けて、少年二人を目通めどほりへ出させた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
この公用とは所謂いわゆる公儀こうぎ(幕府のことなり)の御勤おつとめ、江戸藩邸はんていの諸入費、藩債はんさいの利子、国邑こくゆうにては武備ぶび城普請しろぶしん在方ざいかた橋梁きょうりょう堤防ていぼう貧民ひんみんの救済手当、藩士文武の引立ひきたて等、これなり。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
神尾喬之助は、公儀こうぎの眼をくぐって逃げかくれているうちに、心労しんろうのあまり、気がれたのだ。と、思ったから、きちがいなら、きちがいで扱いようがある。もう何も怖るる必要はない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
二十一個条をあげて公儀こうぎに告訴した、明成の評判は余りよくなかったが、主の居城に発砲し、往来の橋を焼き、関所を押して通ったというかどが、徳川家では許しておかれない事件だった。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
又々あらたあらた立直たてなほ奉行所ぶぎやうしよへ申上て昨夜さくや御成門へいたづら仕りしが南無阿彌陀佛なむあみだぶつと書しは淨土宗じやうどしうのともがらねたみしと相見あひみえ申候如何計申べしや何卒なにとぞ公儀こうぎ威光ゐくわう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もし、まだ片のつかないものがあるとすれば、それは一党四十七人に対する、公儀こうぎ御沙汰ごさただけである。が、その御沙汰があるのも、いずれ遠い事ではないのに違いない。そうだ。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こうして公儀こうぎの眼を逃れて潜行せんこうしているのも、大体はさっき壁辰に話した通り、大迫玄蕃以下十六人の首をねらうためではあるが、一つには、あの園絵というものがあるばっかりに、自分はいま
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こたゆべしと申さるれども長庵は空嘯そらうそぶき一旦御吟味濟に相成たる事件ことがら再應さいおうの御調べなほしは何とやらん御奉行所の御裁許はふたあるやうに存じ奉つると公儀こうぎの裁判所を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)