伝染うつ)” の例文
旧字:傳染
そのうちにそれへ自分のでない咳がまじっているのに気がつく。どうも彼の真上の寝台の中でするらしい。おれの咳が伝染うつったのかな。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「ああそうか、なるほどなるほど、いかにもそうでしたね、……そりゃ叔父さんのクセが伝染うつって六ヶ敷しく考えすぎたかナ……」
白金神経の少女 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
『あゝ、伝染うつりはすまいか。』どうかすると其様そんなことを考へて、先輩の病気を恐しく思ふことも有る。幾度か丑松は自分で自分をあざけつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
舞台で人生を演活しいかすためには、平素ふだんからかうしたとらはれない情態が必要なのか、それとも舞台の心持が家庭生活にまで伝染うつつてゆくのだらうか。
お前今日から俺んところに寄りつくんでねえぞ。俺は俺だしお前はお前だからな。お前おやぢのとこさ帰れ、よ。俺の病気が伝染うつつたら、お前御難を
(新字旧仮名) / 有島武郎(著)
『なぜお葬式を出さないの? そんなにして居たら死毒と云ふものが伝染うつつてあなたが死んで了はねばならんよ——』
私はただ、一つの部屋におりましたというのみのこと、伝染うつるのを恐れて、投げ入れられましたなれど、実はこのとおりすこやかなのでございますから
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
また自分がいらいらしていたり、くさっていたりしては、自分の病的な気分を他人にまで伝染うつしたりしてしまいます。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼女は私の身熱のあまりに高かつたため何時しか病を伝染うつされて、私の身代りに死んだのである。私の彼女に於ける、記憶は別にこれといふものもない。
水郷柳河 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
磯二なんか伝染うつると言うて、決して一所に飯など食はん、お桐が納戸から出て来るとお膳を持つて広間へ出て行くもんやさかい、あれも何かにつけて気兼するし
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
「食べものからよく伝染うつることがありますね。からだの弱い人はやはりすぐにうつりやすいようです。」
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
信一郎は、愛妻に逢う前に、うかして、乱れている自分の心持を、整えようとした。なるべく、穏やかな平静な顔になって、自分の激動ショックを妻に伝染うつすまいとした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
『だけど私が言つたなんか言つちや不可いやよ。よ、昌作さん、貴方も伝染うつらない様に用心なさいよ。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その頃北陸の片田舎のお医者さんは、コレラは生水をのんだために伝染うつったということから類推したのかも知れないが、患者に絶対に水をのませなかったという話である。
兎の耳 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
夫も心配だけれども、赤ン坊にも伝染うつりはしないかと随分心配だわ。だって赤ン坊は他所の子ですもの。夫が思いもかけぬ大病になって、その中で赤ン坊を馴れぬ手に育てる。
愛の為めに (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
浅葱あさぎの袖口をびらつかせた時、その、たたき込んだ張扇はりおうぎとかで、人の大切な娘をただで水仕事をさせ、抱きまでして、しゅうといじめさせた上、トラホームが伝染うつるから実家さとへ帰した
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
死ぬる迄可愛がろうとしたバッテン天婦羅てんぷらが天井へ行かんちうて逃げた……なんて聞けば聞く程馬鹿らしいけに俺がそうっとアクビしたところがそいつが寝ている篠崎に伝染うつって
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「いいえお女郎から伝染うつるといいますよ。お女郎にゃ随分あるんですって。」
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この時下男の八蔵が、突然大きなくしゃみをした。彼はいくらかおろかしいのであった。さっきから一人茫然ぼうぜんと雪中に立っていたのであった。下男の嚏が伝染うつったのでもあろう、一閑斎も嚏をした。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『可哀想に。あの優しい女は私の肺病が伝染うつつたよ。』
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
考えてみると、保土ヶ谷の宿で給仕に出た女中が、しきりに手指を掻いていたのを思い出した。あの女中から伝染うつされたのだと思ったが、どうすることもできなかった。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
汗疹あせものようなものが一人に出来ると、そいつが他の子供にまで伝染うつっちゃって——節ちゃんはあの時分のことをよく知らないだろうが、六歳をかしらに四人の子供に泣出された時は
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
せめて病煩やみわずらいの時、優しいことばも掛けられて、苦い薬でも飲ましてもらおうと思えば、何だ、トラホームは伝染うつるから実家さとへ帰れ! 馬鹿野郎、盲目めくらになってボコボコ琴でもきやがれ。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「今年帰らんちふことで俺も内々安心して居たが、昨日電報が来た時、嬉しいはと思うたれど、また、伝染うつりでもせんかと思うて心配でもあつたよ。勉強中で今が大事な時やさかいなア。」
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
「ハックシン……フィックシイン。風邪が伝染うつったよ」
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
なるべく、穏やかな平静な顔になつて、自分の激動ショックを妻に伝染うつすまいとした。血腥い青年の最期も、出来るならば話すまいとした。それは優しい妻の胸には、鋭すぎる事実だつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)