世智辛せちがら)” の例文
「さやうさ。当今では大分世智辛せちがらくなりましてな。薬価の代りに畑の物を貰つてすませる位のことはさう珍しくはありませんよ」
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
尤もお伽噺の世界から目覚めたのは僕ばかりでなく、同級生も皆世智辛せちがらさを覚え始めた。寄ると触ると将来の活動方面を語り合う。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
浮世は全く世智辛せちがらくなった。何でもない普通の占いをするのに、運命をお買いなさいませなどと、さも物々しく呼び止めて、度胆を抜いて金を
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
世智辛せちがらい、つれない浮世の洗練を経てすっきりと垢抜した心、現実に対する独断的な執着を離れた瀟洒として未練のない恬淡無碍てんたんむげの心である。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
今の世智辛せちがらい世の中に、こんな広大な「何の役にも立たない」地面の空白を見るだけでも心持がのびのびするのである。
浅間山麓より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今時世智辛せちがらくなり、多く俗人あり、鼠穴を毀壊きかいしてその貯えた粟、胡桃くるみ、雑果子等を盗むはこの犯罪に準ずと記す。
追々おいおいと世の中が世智辛せちがらくなって来たら、こうした正札一点張りの無言の商売が大流行おおはやりをするようになりはすまいか。
熟々つら/\かんがふるにてんとんびありて油揚あぶらげをさらひ土鼠もぐらもちありて蚯蚓みゝずくら目出度めでたなか人間にんげん一日いちにちあくせくとはたらきてひかぬるが今日けふ此頃このごろ世智辛せちがら生涯しやうがいなり。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
些細ささいなことのようであるが、それでも効果はあった。むちをあげているのは継母の手を借りた人生の世智辛せちがらさであるということが、追々に納得が出来るようになる。
君江はこまこました世智辛せちがらいはなしが出ると、他人の事でもすぐに面倒でたまらなくなる。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
飴屋は、東京は世智辛せちがらくていけねエ、おれももう取る年だ、故郷へ帰る面は無いが、我を折ってボツボツ飴を売り乍ら、生れ故郷の土地へ帰ろうって、一昨日おとといの朝チャルメラを
呪の金剛石 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
その台所道具の象徴する、世智辛せちがらい東京の実生活は、何度今日きょうまでにお君さんへ迫害を加えたか知れなかった。が、落莫らくばくたる人生も、涙のもやとおして見る時は、美しい世界を展開する。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
寝呆ねぼけていたんじゃねえよ。へん、この世智辛せちがらい世の中に誰が寝呆けていられますかというんだ。信用しなきゃいいよ。とにかくおれは、ちゃんとこの二つの眼で鞄の化物を見たんだから……」
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「この世智辛せちがらい世の中に、皆、いい気なものじゃ」
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
世智辛せちがら浮世咄うきよばなし門涼かどすず
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
が、こう世の中が世智辛せちがらくなっては緑雨のような人物はモウ出まいと思うと何となく落莫らくばくの感がある。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
とにかくこうなるとせっかくの最初の空想も雲消霧散して残るものは世智辛せちがらい苦々しい現実である。
雑記帳より(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
世智辛せちがらい時勢だ。中学一年生が生活問題の解答をしなければならない。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
戦後の世智辛せちがらさではどうなったかそれは知らない。とにかく日本などでは、まだなかなかそういう遠大な考えで学者の飼い殺しをする会社はそう多数にはあるまいと思われる。
学問の自由 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)