黒羽二重くろはぶたえ)” の例文
黒羽二重くろはぶたえの衣服が血みどれになって、それに引上げのとき小屋の火を踏み消したとき飛び散った炭や灰がまだらについていたのである。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あたまをチャンと本多ほんだにとりあげて、肩に継布つぎが当たってるけれども、黒羽二重くろはぶたえのぞろりとした、袂の紋つきを着ています。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
黒羽二重くろはぶたえ熨斗目のしめの紋附に羽織袴を着けて立った姿は、縁側一杯に照らす麗かな日をまともに浴びて黒い七子なゝこの羽織地が銀沙ぎんすなごのようにきら/\光って居る。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
中程にいた黒羽二重くろはぶたえ、色が白くて唇が紅くて、黒目がち、素肌すはだを自慢にする若いのは、どこかで見たことのあるような侍ですが、間の山節を待ち兼ねて言葉に現われますと
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
黒羽二重くろはぶたえの袖はあおいのかげ紋、装剣そうけんの美をちりばめた前差まえざしつかに、遠い星の光が吸われている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年代記ものの黒羽二重くろはぶたえ素袷すあわせに剥げちょろ鞘の両刀をこじりさがりに落しこみ、冷飯ひやめし草履で街道の土を舞いあげながら、まるで風呂屋へでも行くような暢気な恰好で通りかかった浪人体。
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
眠るは春の凪日和なぎびより、沖のこがらし吹っ立って、鞺鞳どうどうの浪すさまじき此処は堺の港まち、けの空とぶ綿雲の切間を、のぞく冬月の、影物凄き真夜中ごろ、くるわに近き裏町を黒羽二重くろはぶたえに朱色の下着
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
わッ——としわがれたむせび声が起った。死者の老いた妻がつっ伏したのであった。黒羽二重くろはぶたえの彼女の盛装がかなしかった。日に焼け潮に吹かれたその肌身はだみは、百姓か漁夫に近かった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
茶屋で、「お傘を。」と言ったろう。——「お傘を」——家来どもが居並んだ処だと、このことばは殿様に通ずるんだ、それ、麻裃あさがみしもか、黒羽二重くろはぶたえはかまで、すっとす、姿は好いね。処をだよ。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒羽二重くろはぶたえを絞った白襷しろたすきに反映して、凄まじさというものはありません。
芳年写生帖 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
黒羽二重くろはぶたえの紋付と云う異様な出立いでたちをした長田秋濤おさだしゅうとう君が床柱に倚り掛かって、下太りの血色の好い顔をして、自分の前に据わっている若い芸者と話をしていた。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
袴下はかましたから袖へかけて石持こくもち模様を白く置いて黒羽二重くろはぶたえに、朱色の下着、茶宇の袴に黄金こがねづくりの大小を華美きらびやかに帯び、小桜を抜いた淡緑うすみどりの革足袋たびに、草履ぞうり爪先つまさきもつつましく小腰をかがめました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
呼び上げられて東のつめから、幔幕をかき上げて姿を現わした机竜之助は、黒羽二重くろはぶたえ九曜くようの定紋ついた小袖に、鞣皮なめしがわの襷、仙台平せんだいひらの袴を穿いて、寸尺も文之丞と同じことなる木刀を携えて進み出る。
鎖帷子くさりかたびら黒羽二重くろはぶたえ、切下げ髪というこしらえに出来あがっている。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この時黒羽二重くろはぶたえ五所紋いつつもんの羽織を着流した、ひどくにやけた男が、金鎖の前に来て杯を貰っている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「羽織は黒羽二重くろはぶたえの加賀絞り……」
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)