黒木綿くろもめん)” の例文
高柳君はとこのなかからい出した。瓦斯糸ガスいと蚊絣かがすりの綿入の上から黒木綿くろもめんの羽織を着る。机に向う。やっぱり翻訳をする了簡りょうけんである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、大井も黒木綿くろもめんの紋附の肩越に、あごでちょいと会釈えしゃくをしたが、それなりまた向うを向いて、隣にいた制服の学生と、何か話をし始めたらしかった。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なんだらうと思つてすぐ飛出とびだして格子かうしを明けて見ますると、両側りやうがはとも黒木綿くろもめん金巾かなきん二巾位ふたはゞぐらゐもありませうか幕張まくはりがいたしてございまして、真黒まつくろまる芝居しばゐ怪談くわいだんのやうでございます。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
白木綿しろもめん布子ぬのこえり黄色きいろにヤケたのに、單衣ひとへらしい、おなしろ襦袢じゆばんかさね、石持こくもちで、やうかんいろ黒木綿くろもめん羽織はおり幅廣はゞびろに、ぶわりとはおつて、むね頭陀袋づだぶくろけた、はなたかい、あかがほ
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
見ると、それは縫目もなければ袖もない、並幅なみはば半反はんだんほどなただの黒木綿くろもめん
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道也先生は、あやしげな、銘仙めいせんの上をおおうに黒木綿くろもめんの紋付をもってして、嘉平次平かへいじひらの下へ両手を入れたまま
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
図書館の扉口とぐちに近い、目録カタログはこの並んでいる所へ、小倉こくらの袴に黒木綿くろもめん紋附もんつきをひっかけた、背の低い角帽が一人、無精ぶしょうらしく懐手ふところでをしながら、ふらりと外からはいって来た。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
次に眼を転じてまた徐ろにわが左の袖を見た。黒木綿くろもめんの織目のなかに砂がいっぱいたまっている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平生へいぜい何心なく身に着けて外へ出る黒木綿くろもめんの紋付さえ、無能力の証拠のように思われ出した。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「どっちの方角へ足が向くかね」と主人は真面目な顔をして、黒木綿くろもめんの紋付羽織の袖口そでぐちを引張る。この羽織は木綿でゆきが短かい、下からべんべら者が左右へ五分くらいずつはみ出している。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
失敬な、——甘木さんへ行って聞いて見ろ——元来御前がこんな皺苦茶しわくちゃ黒木綿くろもめんの羽織や、つぎだらけの着物を着せておくから、あんな女に馬鹿にされるんだ。あしたから迷亭の着ているような奴を
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)