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ぎょうゆう
ふりがな文庫
“
驍勇
(
ぎょうゆう
)” の例文
且は
驍勇
(
ぎょうゆう
)
の名を
轟
(
とどろ
)
かした成政の用いたものを誰も
憚
(
はばか
)
って用いなかったからとで有ったろうが、秀吉に取って面白い感じを与えたか
何様
(
どう
)
か、有らずもがなの事だった。
蒲生氏郷
(新字新仮名)
/
幸田露伴
(著)
「
驍勇
(
ぎょうゆう
)
並ぶ者なきあなたと、伝国の玉璽を所有して、富国強兵を誇っているところの袁家とが、
姻戚
(
いんせき
)
として結ばれると聞いたら、これを
呪咀
(
じゅそ
)
し
嫉視
(
しっし
)
せぬ国がありましょうか」
三国志:04 草莽の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
馬答うらく、我足
迅
(
はや
)
く心
驍勇
(
ぎょうゆう
)
で衆人に
超
(
こ
)
えた智策あるは汝能く知る、しかるに愚人ら古法通りに我を待遇せぬ故活きいるつもりでないと。掌馬人これを聞いて王に勧め、古法通り智馬を遇せしめた。
十二支考:05 馬に関する民俗と伝説
(新字新仮名)
/
南方熊楠
(著)
大高、
沓掛
(
くつかけ
)
等をも占領した。信長は今度は笠寺を攻めて見たが豊政
驍勇
(
ぎょうゆう
)
にして落城しそうもない。そこで信長は考えた末、森
可成
(
よしなり
)
を商人に化けさせて駿河に潜入させ、義元に豊政のことを
讒言
(
ざんげん
)
させた。
桶狭間合戦
(新字新仮名)
/
菊池寛
(著)
燕の軍戦って
克
(
か
)
てば
則
(
すなわ
)
ち可、克たずんば自ら支うる無き也。
而
(
しこう
)
して当面の敵たる
何福
(
かふく
)
は兵多くして力戦し、
徐輝祖
(
じょきそ
)
は堅実にして
隙
(
ひま
)
無く、
平安
(
へいあん
)
は
驍勇
(
ぎょうゆう
)
にして奇を
出
(
いだ
)
す。
運命
(新字新仮名)
/
幸田露伴
(著)
▼ もっと見る
「来れるは周瑜か。湖北の
驍勇
(
ぎょうゆう
)
曹洪
(
そうこう
)
とは我なり。いざ、出で会え」と、名乗りかけて来た。
三国志:08 望蜀の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
驍勇
(
ぎょうゆう
)
無双の秀康卿の子と生れ、徳川の家には嫡々の自分であると思うと、今日の武勲のごときは当然過ぎるほど当然のように思われて、忠直卿は、得々たる感情が心のうちに
洶湧
(
きょうゆう
)
するのを制しかねた。
忠直卿行状記
(新字新仮名)
/
菊池寛
(著)
われに
越王勾践
(
えつおうこうせん
)
の
忍苦
(
にんく
)
あり、
帷幕
(
いばく
)
に
民部
(
みんぶ
)
、
咲耶子
(
さくやこ
)
、
蔦之助
(
つたのすけ
)
あり、
忍剣
(
にんけん
)
、
龍太郎
(
りゅうたろう
)
の
驍勇
(
ぎょうゆう
)
あり、
不倶戴天
(
ふぐたいてん
)
のあだ
徳川家
(
とくがわけ
)
を討ち、やがて
武田再興
(
たけださいこう
)
の熱願、いな、天下
掌握
(
しょうあく
)
の
壮図
(
そうと
)
、やわか
神州天馬侠
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
南軍の将
平安
(
へいあん
)
驍勇
(
ぎょうゆう
)
にして、
嘗
(
かつ
)
て燕王に従いて
塞北
(
さいほく
)
に戦い、王の兵を用いるの虚実を
識
(
し
)
る。
先鋒
(
せんぽう
)
となりて燕に当り、
矛
(
ほこ
)
を
揮
(
ふる
)
いて
前
(
すす
)
む。
瞿能
(
くのう
)
父子も
亦
(
また
)
踴躍して戦う。二将の
向
(
むか
)
う所、燕兵
披靡
(
ひび
)
す。
運命
(新字新仮名)
/
幸田露伴
(著)
玄蕃の
驍勇
(
ぎょうゆう
)
無双なことは、北越の戦陣で久しく鳴りとどろいているものだった。
新書太閤記:08 第八分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
又者
(
またもの
)
(
陪臣
(
ばいしん
)
)で名高きは、
刑部
(
ぎょうぶ
)
、監物、松井佐渡——と世間に
謳
(
うた
)
われたほどの剛の者であったことは
慥
(
たしか
)
であり、また、柴田の
驍勇
(
ぎょうゆう
)
小塚藤右衛門を討ったことは他書にも見えるから、その一事は
新書太閤記:09 第九分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
山寨
(
さんさい
)
の
驍勇
(
ぎょうゆう
)
どもは、手に
唾
(
つば
)
して待ちかまえた。
新・水滸伝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
驍
漢検1級
部首:⾺
22画
勇
常用漢字
小4
部首:⼒
9画
“驍勇”で始まる語句
驍勇無比