雲脂ふけ)” の例文
「何だい、八、先刻さっきから見ていりゃ、すっかり考え込んで火鉢へ雲脂ふけをくべているようだが、俺はその方がよっぽど気になるぜ」
私の頭の雲脂ふけを落したり、いたりしてくれた上に、「少しお頭を拝借させて下さい」と、水油を少し附けて、丸髷まるまげに結ってくれました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
すると、私自身でも思いがけなかったほど、その柱はひどくグラグラしていて天井から砂埃すなぼこりが二人の襟足えりあし雲脂ふけのように降りかかって来た。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「そんな物は私達には要りません。読んだだけの書物はちやんと此処ここをさめてありますからね。」と調子に乗つて雲脂ふけだらけな頭を指さした。
私の洋服の織目には、書物の埃がたまり、機械的に働かせる頭には、白い雲脂ふけがたまっている。毎日午前九時から午後四時まで、月給百円……。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
『君は雲脂ふけ取り香水は何を使っているかね?』なんて突然訊く。この間道で行き会ったら、『や、好いお天気ですね、これから一寸散髪屋へ参ります』
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
健三ははしを放り出して、手を頭の中に突込んだ。そうして其所そこたまっている雲脂ふけをごしごし落し始めた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
西洋人の口は玉葱臭く日本人の口は沢庵臭し。善良なる家庭は襁褓おしめくさく不良なる家庭は乾魚ひもの臭し。雲脂ふけくさきは書生部屋にして安煙草のやに臭きは区役所と警察署なり。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
三輪みいちゃん、さようなら。)って俯向うつむくんです、……まくらにこぼれて束ね切れないの、私はね、くしを抜いてそっと解かしたのよ……雲脂ふけなんかちっとも無いの、するする綺麗ですわ
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兄貴のフェリックスは、うずくまって、金盥かなだらいをゆすぶり、獲物えものを受け取っている。彼らは、雲脂ふけまじって落ちてくる。った睫毛まつげのように細かなあしが、ぴくぴく動くのが見分けられる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
頭髪に雲脂ふけがたまるやうに、日を追うて からだにも、疲労がたまり、垢がたまる。
独楽 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
すっかりくさった左膳、髪の中へ指をつっこんで、ガリガリ掻くと、雲脂ふけがとぶ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
細君は今髪を解いて荒櫛を入れてしまつて雲脂ふけ落しをして居る。鶴子さんは心地よさゝうに顏を顰めながら、兩手には新聞紙を持つて雲脂を受けて居る。「大變な雲脂だねえ」と細君は言ふ。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
二週間ほどして、ある朝銀子は病床のうえに起きあがり、タオルを肩にかけて、かゆみの出て来た頭の髪をほどき、梳櫛すきぐしを入れて雲脂ふけを取ってもらっているところへ、写真師の浦上が入って来た。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
然るに今日は全く彼はやつれて居た。引続いての多忙と、引続いての寝不足とが、彼の顔色を蒼ざめさせ、生際はへぎはのあたりにいくらかの雲脂ふけさへ見える。美しい彼の頬にもすさんだ色があらはれてゐた。
瘢痕 (新字旧仮名) / 平出修(著)
それらの歌は、ちょうど松の木の皮のように、あるいは人の頭の雲脂ふけのように、古代人の生活の幹から脱落していったが、書かれたものでなかったから、大方はみな消えはててしまったと思われる。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
頭のかゆいのは幸福であるしるし、雲脂ふけが落ちるのは理智のしるし。
「何だい、八、先刻から見て居りや、すつかり考へ込んで火鉢へ雲脂ふけをくべて居るやうだが、俺はその方が餘つ程氣になるぜ」
七年間の習慣の殼、頭と身体とにたまってる雲脂ふけ、薄暗い図書館と陰欝な生活との影、それを一挙に払いのけようとした。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
画家ゑかきのミレエの細君は貧乏で食べる物が無くなつた時には、雲脂ふけだらけな頭をした亭主を胸に抱へて、麺麭パンの代りだといつて、熱い接吻キツスをして呉れたものださうだ。
銀子はいた髪をいぼじりきにしてもらい、少しはせいせいして、何か胸がむずがゆいような感じでひざのうえで雑誌をめくったりしていたが、小谷さんは新聞にたまった雲脂ふけと落ち毛を寄せて
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「厭な、どうして、こんなに雲脂ふけきて?」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雲脂ふけの多い母親の髪をいていてやっていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)