錯誤さくご)” の例文
しかし、事態の中核に身を置いて、真に、秀吉を、時代の推移を直視していた一部の人々にだけは、もちろんそんな錯誤さくごはなかった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
例の時間の錯誤さくごについて申出ればよかったのかも知れませんが、河野が「死体の捜索にもなることだから、めるにも及ぶまい」
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
刑事たちは、その時ひどく一般から恐怖されてゐる鮮人の行動や、錯誤さくごから来た残虐などについて各自の見聴きしたことを話し合つてゐた。
フアイヤ・ガン (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「妹が庭にもさやけかるらし」の意だろうというように解釈する説も出でたが、これは作者の位置を考えなかった錯誤さくごである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
紳士は、そのようなビルディングの蔭を七つ八つも通りすぎてから、これはまた何と時代錯誤さくごな感じのする煉瓦建れんがだてのビルディングのドアを押して入って行った。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
わたくしは不思議に思いながらわたくし自身の錯誤さくごには気づかず、心ひそかに嗟嘆さたんしてんだのであった。この同じ経験はその後にも二、三度繰り返したように思う。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
その距離が隔るほど、工藝の意義は死んでくる。あの美術品を作ろうとする今の工藝家の驚くべき錯誤さくごを許し得ようや。哀れむべき凡ての失敗は、この顛倒てんとうから来るのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
女は何処どこまでも女たれ男は何処までも男たれ、かくて両性互いに相輔あいたすけ相補うてこそ始めて男女の要はあれと確信せるものなるに、はからずもかかる錯誤さくごを招きたるは、妾のはなはだ悲しむ所
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「活動写真の帰りを狐に化かされるなんかはこの辺特有の時代錯誤さくごだろうね」
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お前だ! (目の前の村子が、この男の白熱した心と目に、妻に見えて来ている。しかし、これは、以前の痴呆ちほう状態からの錯誤さくごとは全くちがって、集中から来るエネルギッシュな倒錯である)
胎内 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
錯誤さくごなどもただして、さらに筆を加えなければなりませんので、研究目的は果たされたわけですが、まだこれを上梓じょうしするまでには整っておりません。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
複雑巧妙な犯罪は感情的錯誤さくごにおちいることなき機械的冷血を条件とする。そういう冷血犯人にはニヒリストをもってくるのが最もふさわしいのである。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
結論に錯誤さくごを来すので、「もののふの八十うぢ河の網代木にいさよふ波の行方ゆくへ知らずも」(巻三・二六四)でもそうであるが、この歌も、単に仏教とか支那文学とかの影響を受け
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
それほど世は泰平たいへい錯誤さくごしていたのである。ゆうべも今朝も、実に変らぬ戦国下の一日であり、その中の都でもあることを、ふと忘失していたのである。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滑稽こっけいな心理的錯誤さくごですよ。あなたは御存知ありますまいが、あの事件の二三日前まで、一月余りの間、井戸から向うの空地に、古材木が一杯置き並べてあった。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かれらが八百年来安住して来た特権の下に、いまもなお、時代の変遷へんせんを見くびっていた錯誤さくごも大きい。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこに非常な錯誤さくごがあるのだ。犯人のずば抜けたトリックがあるのだ。君は犯人を大宅幸吉と極めてかかっている。それが間違いだ。君は被害者を山北鶴子と極めてかかっている。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
(——自分の思慮には水のるほどな錯誤さくごもない。誰がいま光秀のこの腹中を知ろう)
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼にも、足利公方あしかがくぼうの義昭と、どこか共通している錯誤さくごと性格があったのである。時代の奔激ほんげきをあくまで甘く見て来た顕門けんもんのお坊ッちゃんは——こうして次々に溺れてゆくしかなかった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、その原因は、勾当こうとう内侍ないしの色香でなく、円心の詭計きけいでもない。一に彼の尊氏観が甘かったところに起因し、尊氏が打ッて逃げた“退きの布石ふせき”を読み違えていたことに重大な錯誤さくごがある。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
英雄星を太陽とまちがえるような錯誤さくごは三歳の童児も持っていない。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)