ボタン)” の例文
受話器を置いた陳彩ちんさいは、まるで放心したように、しばらくは黙然もくねんと坐っていた。が、やがて置き時計の針を見ると、半ば機械的にベルのボタンを押した。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
埃と白墨チヨオクみた詰襟の洋服に着替へ、黒いボタンを懸けながら職員室に出て来ると、目賀田は、補布つぎだらけな莫大小メリヤスの股引の脛を火鉢にあぶりながら
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
博士は中單チヨキボタンを嵌め掛けた手をとゞめて、聞耳きゝみゝを立てた。この「どこか徃つてよ」には、博士は懲りてゐる。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
かの女をモンパルナスのキャフェ・ド・ラ・クーポールに導いて入ったむす子は、ダブルボタンの上着のポケットから内輪に手を出し、ちょっと指してそういった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
翻つて、バンカラーを見るにだ、尤も近き例は君さ、モシヤ/\と味噌玉に菌の生えた様な頭で、シヤツのボタンはまるで無しさ。帯は割けてゐる、袴はポロ/\さ。
俺の記 (新字旧仮名) / 尾崎放哉(著)
とお母さんにはずれたボタンをはめて貰った時には、乃公は喉へ団子がつかえたような心持がして、黙ってお辞儀をした。車が余程行ってから振返って見たら、皆は未だ立っていた。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
我はみづから面のくが如く目の血走りたるを覺えて、きれ鹹水しほみづひたして額の上に加へ、又水をわたり來る汐風しほかぜすこしをも失はじと、衣のボタン鬆開しようかいせり。されど到る處皆火なるを奈何いかにせん。
僕はもとのように受話器をかけ、反射的にベルのボタンを押した。しかし僕の手の震えていることは僕自身はっきり意識していた。給仕は容易にやって来なかった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小川家の離室はなれには、画家の吉野と信吾とが相対してゐる。吉野は三十分許り前に盛岡から帰つて来た所で、上衣を脱ぎ、白綾の夏直衣ちよつきの、そのボタンまではづして、胡坐あぐらをかいた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
僕はもとのやうに受話器をかけ、反射的にべルのボタンを押した。しかし僕の手の震へてゐることは僕自身はつきり意識してゐた。給仕は容易にやつて来なかつた。
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一同みんなもそれに和した。沼田は片肌を脱ぎ、森川は立襟の洋服のボタンはづして風を入れ乍ら、乾き掛つた白粉で皮膚かは痙攣ひきつる様なのを気にして、顔を妙にモグ/\さしたので、一同みんなまた笑つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
だから案内を請はうと思つたら、まづその蔦の枯葉をがさつかせて、呼鈴ベルボタンを探さねばならぬ。
漱石山房の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
だから案内を請はうと思つたら、まづその蔦の枯葉をがさつかせて、呼鈴ベルボタンを探さねばならぬ。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
所が或朝、おれの所へ来た手紙を見ると、折角せつかくおれを尋ねたが、いくら電鈴のボタンを押しても、誰一人ひとり返事をしなかつたから、おれに会ふ事もやむを得ず断念をしたと書いてある。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
三十分ばかりたったのち、僕は従兄の家の前に立ち、コンクリイトの壁についたベルのボタンへ指をやっていた。かすかに伝わって来るベルの音は玄関の硝子ガラス戸の中に電燈をともした。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)