蠕動ぜんどう)” の例文
そうしてそれらの蠕動ぜんどうは、次第に力づいて来ると、夕闇の泌みこんだ部屋の中を乗越えて、寺田の周囲に泳ぎ寄って来るのであった。
魔像 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
田の面には、風が自分の姿を、そこになぎさのやうな曲線で描き出しながら、ゆるやかに蠕動ぜんどうして進んで居た。それは涼しい夕風であつた。
それは何であるかと申しますと、犯人の眼の前で死体を解剖し、その小腸を切り出して、それを蠕動ぜんどうさせることなのです。
三つの痣 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
男の略図のような単純な五臓六腑が生れてはじめて食物を送る為以外に蠕動ぜんどうするのが歯朶子に見えた。男はふるえる唇を前歯の裏でおさえていった。
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ははあ、これだな、先刻、御簾の間の、闇にひとりぽっちの爛酔らんすいの客、しきりに囈語うわごとを吐いて後に、小兎一匹をとりこにしてとぐろを巻いて蠕動ぜんどうしていた客。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
理性がようやくその機能の蠕動ぜんどうをもって自覚の徴候を示すようになって来たのである。しかしとんぼの代りに名利みょうりを釣る。世間の誰しもがそういう考になる。
京都に起った此の争乱がやがて、地方に波及拡大し、日本国中が一つの軟体動物の蠕動ぜんどう運動の様に、動揺したのである。此の後にきたるものが所謂いわゆる戦国時代だ。
応仁の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
どうもわが邦にも交合に先だって一足が特に長くなり体を離れてなお蠕動ぜんどうする、いわゆる交接用の足(トクユチルス(第五図))が大いに発達活動して蛇にた蛸あり。
物を盗みに人の家に這入るときには、神経の刺戟しげきが不随意に腸の蠕動ぜんどうを起すことがある。丁度学生が試験を受けに出るときに、どうかすると便意を催すのと同じ事である。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
絶えずあざけるかのごとくびくびくうごめいていて、舷側で波が砕け散るときには薄紅く透いて見え、また、その泡が消え去るまでの間は、四つの手が、薄気味悪く蠕動ぜんどうしていて
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
と、その方向へひたすら、そこへ、一インチ、一インチとすべてが蠕動ぜんどうしてゆく。が、ようやく近づいたボートは既に遭難者で一杯なのだ。彼は無我夢中でボートの端に手を掛ける。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
それは以前にまさるとも劣らぬくらい烈しく胸の底で蠕動ぜんどうしていましたが、しかし、演技は実にのびのびとして来て、教室にあっては、いつもクラスの者たちを笑わせ、教師も
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
さて、向きを換えてしまうと、今度は頂上への、もどかしい蠕動ぜんどう運動だ。動くか動かぬかの速度で、併し彼は確実に頂上へ進んで行った。一寸、二寸、三寸、そして遂に一尺、二尺。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
やがてのことに、青味あおみびたドロンとした液体が、クネクネとまるで海蛇うみへびの巣をのぞいたときはこうもあろうかというような蠕動ぜんどうを始めました。なんという気味のわるい生物でしょう。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
時々、横腹が蠕動ぜんどうし、ウネウネとしわを作ったり、フワリと膨れたりするのは、春風が、外から吹き当たるからで、そのつど、例の、血汐で描かれた巨大な蜘蛛が、数多い脚を動かした。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
重く引き入れては、重く引き出す肩息に、蜘蛛の肢は生けるが如く蠕動ぜんどうした。
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
鼻の先から出る黒煙りは鼠色ねずみいろ円柱まるばしらの各部が絶間たえまなく蠕動ぜんどうを起しつつあるごとく、むくむくとき上がって、半空はんくうから大気のうちけ込んで碌さんの頭の上へ容赦なく雨と共に落ちてくる。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
劉は、何とも知れないかたまりが、少しづゝ胸から喉へ這ひ上つて来るのを感じ出した。それが或は蚯蚓みゝずのやうに、蠕動ぜんどうしてゐるかと思ふと、或は守宮やもりのやうに、少しづゝ居ざつてゐるやうでもある。
酒虫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
獲物は、声も揚げない、叫びも立てない、死んだもののようになっている。死んでいるのかも知れない。大蛇は静かに蠕動ぜんどうして、そうして確かに生きている。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
やがて腸管がその特有な蠕動ぜんどうを始めると、男の衣服が肩先から裾まで、少しばかりではあるが、たしかに一種の波動を起しました。私はじっと彼を見つめました。
三つの痣 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
顔のまわりには、ふくよかな腰、腹、乳、肩、しり、もも、腕がひしひしと取りかこんで、微妙に蠕動ぜんどうしていた。ある膚は白くなめらかに、ある膚は桃色に上気し、ある膚はにおやかに汗ばんでいた。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)