しとね)” の例文
お蔦はしとねに居直って、押入の戸を右に開ける、と上も下も仏壇で、一ツは当家の。自分でお蔦が守をするのは同居だけに下に在る。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
厚きしとねの積れる雪と真白き上に、乱畳みだれたためる幾重いくへきぬいろどりを争ひつつ、あでなる姿をこころかずよこたはれるを、窓の日のカアテンとほして隠々ほのぼの照したる
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
場所は言うまでもなく橋の下、籐椅子は荒筵のしとねに変って、私はボロ片の中に、豚の児のように転がって居たのです。
そしてそこに生えてゐる緑の草葉をしとねにして、匂ひよき花の一束を私に手向けて下さい……。さうすれば、私は……
あさぢ沼 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
お光はしとね火鉢と気を利かして、茶に菓子に愛相よくもてなしながら、こないだ上った時にはいろいろ御馳走になったお礼や、その後一度伺おう伺おうと思いながら
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
へんにえりもとがうすら寒く、何処からかしとねの中へすう/\風が入り込むようなので、ふと眼を覚ますと、もうねやの中がしら/″\と暁に近いほの明るさになっていた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
頑児の一念、ここに至りて、食のどを下らず、寝しとねに安んぜず、ただ一死のはやからざるを悲しむのみ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
されど味のわろからぬままつくしけるに、半里ほど歩むとやがて腹痛むこと大方ならず、なみだうかべて道ばたの草をしとねにすれど、路上坐禅ざぜんを学ぶにもあらず、かえって跋提河ばだいが釈迦しゃかにちかし。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
雪の原雪のしとねの雪枕
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
とじりりと膝を寄せて、その時、さっと薄桃色のまぶたうるんだ、冷たい顔が、夜の風にそよぐばかり、しとねくまおもかげ立つのを、縁から明取あかりとりの月影に透かした酒井が
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
親子は裁縫の師匠をしているので、つい先方さきかた弟子の娘たちが帰った後の、断布片たちぎれや糸屑がまだ座敷に散らかっているのを手早く片寄せて、ともかくもとしとねに請ずる。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
要はお久が出て行ってしまうとともかくも蚊帳の中に這入はいった。広くもあらぬ部屋ではあるし、麻のとばりで仕切られているので、二つのしとねが殆ど擦れ擦れに敷いてある。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分はやっとひろびろとした野原の空気を胸一杯に吸うことが出来る、———彼はそう思ったばかりでなく、その時しとね仰向あおむけになって、実際ふかぶかと肺の底まで息を吸った。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
窓の高い天井の低い割には、かなりに明るい六畳の一間で、申しわけのような床の間もあって、申しわけのような掛け物もかかって、おあつらえの蝋石ろうせきの玉がメリンスのしとねに飾られてある。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
久しぶりに十分な眠りをむきぼったので睡気は残っていないのだけれど、手足を伸び伸びとさせているのがいつまででも好い心持で、ちょっとはしとねのぬくもりを捨てることが出来ない。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると関白殿はおん枕を押しけられ、しとねの上に端坐遊ばしてっしゃいますのに、そちが申すことも一往聞えているけれども、養子と云うても伯父おじおいの間で、血がつながっていることだし
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)