“肥(ひ)” の例文
かれ出雲(いづも)に到りまして、大神(おほかみ)を拜み訖(を)へて、還り上ります時に、肥(ひ)の河一八の中に黒樔(くろす)の橋一九を作り、假宮を仕へ奉(まつ)りて、坐(ま)さしめき。
須佐之男命(すさのおのみこと)は、大空から追いおろされて、出雲(いずも)の国の、肥(ひ)の河(かわ)の河上(かわかみ)の、鳥髪(とりかみ)というところへおくだりになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
伏水莊は、多摩川べりの崖にのぞみ、むかし、伏見宮の休み茶席だつたが、いまは農家と隣りし、農具やツイ肥(ひ)にかこまれ、翁の居室は、四疊半一つにすぎない。
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
この蘇川峡のみを以(もっ)てすれば、その岩相(がんそう)の奇峭(きしょう)は豊(ほう)の耶馬渓(やばけい)、紀(き)の瀞八丁(どろはっちょう)、信(しん)の天竜峡におよばず、その水流の急なること肥(ひ)の球磨(くま)川にしかず、激湍(げきたん)はまた筑後川の或個処(あるかしょ)にも劣るものがある。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
肥(ひ)の國の大阿蘇(おほあそ)の山
艸千里 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
かくてスサノヲの命は逐い拂われて出雲の國の肥(ひ)の河上、トリカミという所にお下りになりました。この時に箸(はし)がその河から流れて來ました。
その血がどんどん肥(ひ)の河(かわ)へ流れこんで、河の水もまっかになって落ちて行きました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
まずひそかに赤檮(いちいのき)で刀の形を作つてこれをお佩びになり、イヅモタケルとともに肥(ひ)の河に水浴をなさいました。
こっそりとあかひのきという木を刀のようにお削(けず)りになり、それをりっぱな太刀(たち)のように飾(かざ)りをつけておつるしになって、建(たける)をさそい出して、二人で肥(ひ)の河(かわ)の水を浴びにいらっしゃいました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
かくて出雲の國においでになつて、出雲の大神を拜み終つて還り上つておいでになる時に、肥(ひ)の河の中に黒木の橋を作り、假の御殿を造つてお迎えしました。
ここに速須佐の男の命、その御佩(みはかし)の十拳(とつか)の劒を拔きて、その蛇を切り散(はふ)りたまひしかば、肥(ひ)の河血に變(な)りて流れき。かれその中の尾を切りたまふ時に、御刀(みはかし)の刃毀(か)けき。
かれ筑紫の國一五を白日別(しらひわけ)といひ、豐(とよ)の國(くに)を豐日別(とよひわけ)といひ、肥(ひ)の國(くに)を建日向日豐久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ)一六といひ、熊曾(くまそ)の國一七を建日別(たけひわけ)といふ。次に伊岐(いき)の島を生みたまひき。またの名は天比登都柱(あめひとつはしら)といふ。