片靨かたえくぼ)” の例文
此方こなたへ振向いたお雪の顔を見あげると、いつものように片靨かたえくぼを寄せているので、わたくしは何とも知れず安心したような心持になって
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
嫂は自分と顔を合せた時、いつもの通り片靨かたえくぼを見せて笑った。自分と嫂の眼をひとから見たら、どこかに得意の光を帯びていたのではあるまいか。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかもこの己の恐怖は、己が誓言せいごんをしたあとで、袈裟が蒼白い顔に片靨かたえくぼをよせながら、目を伏せて笑ったのを見た時に、裏書きをされたではないか。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
朱羅宇しゅらう長煙草ながぎせるで、片靨かたえくぼ煙草たばこを吹かしながら田舎の媽々かかあと、引解ひっときもののの掛引をしていたのをたと言う……その直後である……浜町の鳥料理。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どんなに仕事に夢中になっていたって、俺の女房は、あの片靨かたえくぼの可愛い笑顔で、俺のうしろにちゃんと坐っているんだという安心が、僕をあんな風にしていたんだ。
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
捨吉は端折りをおろすと、男のくせに片靨かたえくぼを見せて、まだ閉め切ったままの奥へ入って行きました。
一足お先に、傘をつぼめて、狐格子の前に腰を据えていた侍は、ちょっと、綺麗な定九郎とも見立てられる身拵え、二本差の浪人伝法には、ちと優し過ぎて、凄味を殺す片靨かたえくぼを見せながら
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幸いなりもらってくれとの命令いいつけかしこまると立つ女と入れかわりて今日は黒出の着服きつけにひとしお器量まさりのする小春があなたよくと末半分は消えて行く片靨かたえくぼ俊雄はぞッと可愛げ立ちてそれから二度三度と馴染なじめば馴染むほど小春がなつかしくたましいいつとなく叛旗はんき
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
が、その内にふと眼を挙げて、近くの吊皮つりかわにぶら下っている彼の姿を眺めると、たちまち片靨かたえくぼを頬に浮べて、坐ったまま、叮嚀に黙礼の頭を下げた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あの怪しげな烏瓜を、坂の上のやぶから提灯、逆上のぼせるほどな日向ひなたに突出す、せた頬の片靨かたえくぼは気味が悪い。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寒い戸外の空気に冷えたそのほおはいつもより蒼白あおじろく自分の眸子ひとみを射た。不断からさむしい片靨かたえくぼさえ平生つねとは違った意味の淋しさを消える瞬間にちらちらと動かした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
莞爾にっこりとするとまた片靨かたえくぼの寄る捨吉、極り悪そうに手を振って見せるのは、子供はみんな源助のだ——という意味でしょう。それにしても、この男の美しさも尋常ではありません。
お雪は片靨かたえくぼを寄せて笑顔をつくったばかりで、何とも言わなかった。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
嫂は平生の通りさびしい秋草のようにそこらを動いていた。そうして時々片靨かたえくぼを見せて笑った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
辰子たつこは蒼白いほお片靨かたえくぼを寄せたまま、静に民雄たみおから初子はつこへ眼を移して
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
糸子は丸い頬に片靨かたえくぼを見せたばかりである。返事はしなかった。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)