深草ふかくさ)” の例文
「いよ/\以つてお前とは附き合ひたくないよ。人の女房に惚れて、下手へたな碁などを打ちに通ふとは、何といふ間拔な深草ふかくさの少將だ」
小町 あなたはなさけを知らないのですか? わたしが今死んで御覧なさい。深草ふかくさ少将しょうしょうはどうするでしょう? わたしは少将と約束しました。
二人小町 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
広い道を横断よこぎって、お千代は竈河岸へっついがしの方へ曲る細い横町の五、六軒目、深草ふかくさというあかりを出した家の格子戸を明けると、顔を見覚えていた女中が取次に出て
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それからゴーホを煮しめたとでも云ったしょうな「深草ふかくさ」や、田舎芝居の書割かきわりを思い出させる「一力いちりき」や、これらの絵からあらを捜せばいくらもあるだろうし
帝展を見ざるの記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
小野小町おののこまちという美女は、情知らずか、いい寄った、あまたの公家衆くげしゅのその中に、分けて思いも深草ふかくさの少将。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
青侍どもに担がせてその夜のうちに深草ふかくさまで持って行き、それから七日おいて、泰文のところへ、朝霞が時疫じやみで急に死んだと、実家からあらためて挨拶があった。
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
京の深草ふかくさの雀のお宿などでは、もうわかり切っていることなのかも知れぬが、こういうのが春になると、やがてその場処を家庭にしてしまうのではないかと思う。
金八が或時大阪おおさかくだった。その途中深草ふかくさを通ると、道に一軒の古道具屋があった。そこは商買の事で、ちょっと一眼見渡すと、時代蒔絵じだいまきえの結構なあぶみがチラリと眼についた。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
男子ちゅうたら外に現われた恰好かっこばっかりできめるのんか、そんなんやったら男子でのうてもちょっともかめへん、深草ふかくさ元政上人げんせいしょうにんは男子の男子たるしるしあったら邪魔になるのんで
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
或日、そら長閑のどかに晴れ渡り、ころもを返す風寒からず、秋蝉のつばさあたゝ小春こはるの空に、瀧口そゞろに心浮かれ、常には行かぬかつら鳥羽とばわたり巡錫して、嵯峨とは都を隔てて南北みなみきた深草ふかくさほとりに來にける。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
八月になりますとようやく藤ノ森や深草ふかくさのあたりにいくさの気配が熟してまいり、さてこそ愈々いよいよ東山にも嵯峨さがにも火のかかる時がめぐって来たと、わたくしどももひそかに心の用意を致しておりますうち
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
「町内だけでも、深草ふかくさの少將が六七人、毎晩井筒屋のあたりをウロウロするんで氣味が惡くて叶はねえ」
高物師の深草ふかくさ六兵衛。浅草の奥山で生れて奥山育ち、まだ歳は若いが才走ったきもの太い男。日本じゅうを草鞋がけで走りまわって、いつもどえらい物をかつぎこんで来る。
僕は世捨人になりおほせなかつた芭蕉の矛盾を愛してゐる。同時に又その矛盾の大きかつたことも愛してゐる。さもなければ深草ふかくさ元政げんせいなどにも同じやうに敬意を表したかも知れぬ。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
八月になりますとようやく藤ノ森や深草ふかくさのあたりにいくさの気配が熟してまゐり、さてこそ愈〻いよいよ東山にも嵯峨さがにも火のかかる時がめぐつて来たと、わたくしどももひそかに心の用意を致してをりますうち
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
朝霞の亡骸は用意してきたひつぎにおさめ、青侍どもに担がせてその夜のうちに深草ふかくさへ持って行き、七日おいて、泰文のところへ、朝霞が時疫じやみで急に死んだと、あらためて挨拶があった。
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ひさしがあれだけゆるむには、深草ふかくさの少將ほど通はなきやなるまいな」
使 あの人は今身持みもちだそうです。深草ふかくさ少将しょうしょうたねとかを、……
二人小町 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)