“時疫”のいろいろな読み方と例文
読み方(ふりがな)割合
じえき52.6%
じやみ26.3%
ジエキ10.5%
えやみ5.3%
シエキ5.3%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
けれども不幸はそれだけではなかった、新秋八月にはいると間もなく、長男の臣之助が悪質の時疫じえきにかかり、僅か三日病んで急死したのである。
日本婦道記:二十三年 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
まち檢疫けんえき役人衆やくにんしゅう兩人ふたりながら時疫じえきうちにゐたものぢゃとうたがはれて、戸外そとることをとゞめられた
後に茨田は瀬田の妻子をおとしてつた上で自首し、父柏岡と高橋とも自首し、西村は江戸で願人坊主ぐわんにんばうずになつて、時疫じえきで死に、植松は京都で捕はれた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
越えて翌年、益々盛んになって、四月北家を手初めに、京家・南家と、主人から、まず此時疫じえきに亡くなって、八月にはとうとう、式家の宇合卿うまかいきょうまでたおれた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
越えて翌年、益盛んになつて南家・北家・京家すべてばた/″\と主人からまづ此時疫じえきに亡くなつた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
又右衛門の連れあいは、四年ほど前に時疫じやみで死に、いまは親ひとり子ひとりの家内。
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
朝霞の亡骸は用意してきた柩におさめ、青侍どもに担がせてその夜のうちに深草ふかくさまで持って行き、それから七日おいて、泰文のところへ、朝霞が時疫じやみで急に死んだと、実家からあらためて挨拶があった。
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
……じつは、たったひとりの伜が、このほどからの時疫じやみで、昼夜をわかたぬ大熱たいねつ。……ひと心地もないうちにも、毎年、お氷を頂戴したことをおぼえていると見えまして、四五日前から口をおかずに、お氷、お雪と囈言うわごとを申します。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
江戸中の悪いやつらが、ひとり残らず時疫じやみにでもかかって死に絶えてしまったのか。……あっしは十手をあずかってから、もう十年の上になりますが、まだ、おぼえもねえような滅法めっぽうな話なので、いろいろ頭をひねってみましたが、かいもく見当がつきません。……心配というのはそれだけではない。
踊の帰りにはいつも遊びに寄って、お浪とふたりで復習さらっていましただけに、時疫じやみで枕もあがらぬということで案じておりましたところ、七日の夕方の五ツごろ、万屋から使いがあって先ほど息を引きとったからすぐ棺をということですから孫娘の仲のいい友達、せめて棺だけはじぶんで背負って行ってやろうと
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
越えて翌年、益々盛んになつて、四月北家を手初めに、京家・南家と、主人から、まづ此時疫ジエキに亡くなつて、八月にはとう/\、式家の宇合卿まで仆れた。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
越えて翌年、益々盛んになつて、四月北家を手初めに、京家・南家と、主人から、まづ此時疫ジエキに亡くなつて、八月にはとう/\、式家の宇合卿ウマカヒキヤウまでタフれた。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
要なき時疫えやみの恨めしけれど是非ぜひなく、なおかにかくとその石のさまなど問うに、強て見るべきほどのものとも思われねばむ。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
越えて翌年、益々盛んになつて、四月北家を手初めに、京家南家と、主人から、まづ此時疫シエキに亡くなつて、八月にはとう/\、式家の宇合卿まで仆れた。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫釈迢空(著)