染々しみじみ)” の例文
たった一人残されたその時十一の娘のお久美さんをどうしても自分の方へ引きとらなければならない事は染々しみじみとお駒の在世をのぞませた。
お久美さんと其の周囲 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
慰さめ顔に染々しみじみと話しかけたりする時のやさしい、しおれた母親を見ると逸子は、谷がさうしてゐる為めに、母親としては、自分にも、また他人へも
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
一家の葛藤を処理するためのいささかの金ですらが筆のかせぎでは手取早てっとりばやく調達しがたいのを染々しみじみと感じたかれは、「文学ではとても駄目だ。金儲かねもうけ、金儲け!」
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
待つ身の辛さは今に始めぬことであるが、取分とりわけていまの場合、市郎は待つ身の辛さと侘しさとを染々しみじみ感じた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……學校の小さい生徒か母か妹かの外には、女と口を利いたこともなければ、染々しみじみ女の顏を見たこともないので、思ひ出にも若い女の影ははつきり浮ばない。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
拾った金の穴を埋めんともがいて又夢に金銭かねを拾う。自分はめた後で、人間の心の浅ましさを染々しみじみと感じた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
この時分から居士の手紙には何となく急がしげな心持がつきまとっていた。染々しみじみと夜を徹して語るというようなゆったりした心持のものはもう見られなくなった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
業房ラボラトリウムから放たれたような気楽さで旅している僕も、気が付けばやはり異国にいるのだということが染々しみじみと思えた。天が好く晴れて、日はもう中天にのぼっている。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
弟は旅費は勿論当分の小遣まで渡してくれましたので、やはり何と云っても兄弟だなと染々しみじみ思いました。
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
銭形平次はこの時ほど、染々しみじみと敗北感を味わったことはありません。お萩の脳天を砕いたり、お房の背後を刺したのは、どう間違えても此男らしくは無いのです。
「……私また吉村が可哀そうになって了った。……昨日、手紙を読んで私真個ほんとうに泣いたよ。」と、率直に、此の間と打って変って今晩は、染々しみじみと吉村を可哀そうな者に言う。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
半次郎 ひがみかは知らねえが、親のある人を見ると、腹が立ったり悲しくなると、いつぞや染々しみじみいっていたっけ——今度おいらが家へ帰ったのも、忠太郎哥児に勧められたからだ。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
而巳しかのみならず近代の新しいそして繊細な五官の汗と静こころなき青年のこまやかな気息に依て染々しみじみとした特殊の光沢を附加へたいのである。併し私はその完成された形の放つ深い悲哀を知つてゐる。
桐の花とカステラ (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ひとから内証を打開うちあけられた時ほど、是方こっちの弱身になることはありません。思いつめた御心から掻口説かきくどかれて見れば、しまいには私もあわれになりまして、染々しみじみ御身上おみのうえを思遣りながら言慰いいなぐさめて見ました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「でもこわいからノ。」と母親は重い口で染々しみじみといふ。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
遠くの方から、ザザーッと、波の寄せる様な音をたてて風の渡って来るのを聞くと、秋の末の、段々寒さに向う頃の様な日和だと染々しみじみ思う。
雨の日 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼女はその自身の忍従に対して染々しみじみとひとりで涙ぐみながら、その気持をいとほしんでゐることもあり、また或る時は、自分のその意久地いくじなしに焦れてゐることもあつた。
乞食の名誉 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
四人は今更のように庭を眺め、空を仰いで、日毎に襲い来る冬の寒気さむさ染々しみじみと感じた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
染々しみじみ顔を見たことはないんですが——。
耳香水 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
いろんな、下らない雑事におはれ通しで、疲れた時などは、彼は本当に静かな、何んの煩ひもなく読書三昧に暮らせる檻房生活を、染々しみじみとしさうな調子で、よくさう云つた。
監獄挿話 面会人控所 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
粗いその手ざはりさへ久しぶりな染々しみじみした心持で新刊書によみ耽つてゐました。
白痴の母 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
人間が人間を教育すると云ふことの到底不可能なことを染々しみじみ思ひます。
私信:――野上彌生様へ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
本当に、染々しみじみと、私の顔を見ながら、涙をためて云ひ聞かされた事が、二三度や四五度ではきゝません。もし私が彼女から先生らしい言葉を受け取つたとすれば、その言葉位のものだと思ひます。
背負ひ切れぬ重荷 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)