よろこ)” の例文
彼の電鈴でんれいを鳴して、火のそばに寄来るとひとしく、唯継はその手を取りて小脇こわきはさみつ。宮はよろこべる気色も無くて、彼の為すに任するのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
所詮つまり周三がお房をよろこぶ意味が違つて、一ぶつ體が一にんの婦となり、單純たんじゆんは、併し價値かちある製作の資れうが、意味の深い心のかてとなつて了つた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
全体予の事を、人々が女に眉毛を読まれやすいと言うを、いかにも眉毛が鮮かなと讃めてくれると思うたが、拙妻聞いて更によろこばぬから、奇妙とおもいいた。
さすがの燕王も心に之をにくみて色よろこばず、風声雨声、竹折るゝ声、裂くる声、物凄ものすさまじき天地を睥睨へいげいして、惨として隻語無く、王の左右もまたしゅくとしてものいわず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
座に着きし初めより始終黙然もくねんとして不快の色はおおう所なきまで眉宇びうにあらわれし武男、いよいよよろこばざる色を動かして、千々岩と山木を等分に憤りを含みたる目じりにかけつつ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
彼女は口をきわめて雷師匠をののしった。まえにも云う通り、小左衛門は手堅い人物であるので、ふだんから自分の手習い子が遊芸の稽古所などへ通うのをあまりよろこばないふうであった。
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
然るに自分は労を憚らずして往く。是は確に先生の一讚詞に値するとおもつた。さて事果てて後、還つて先生を見ると、先生は色よろこばざる如くであつた。そしてかう云つた。足下は無情なをとこだ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ぐうすることおおよそこの類であった分けても彼が年若い女弟子に親切にしたり稽古してやったりするのをよろこばずたまたまそういう疑いがあると嫉妬しっと露骨ろこつに表わさないだけ一層意地の悪い当り方を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
人間これを承ってよろこばず、いくら面白く威勢よく暮したってただ三十年では詰まらないやとつぶやいた。
哀悼あいとう愁傷、号泣慟哭、一の花に涙をそそぎ、一の香にこんを招く、これ必ずしも先人に奉ずるの道にあらざるべし。五尺の男子、空しく児女のていすとも、父の霊あによろこび給わんや。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かくなりてより彼はおのづから唯継の面前をいとひて、寂く垂籠たれこめては、随意に物思ふをよろこびたりしが、図らずも田鶴見たずみ邸内やしきうちに貫一を見しより、彼のさして昔に変らぬ一介の書生風なるを見しより
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
口には笑えど、目はいささかよろこばざる色を帯びて、で行く姑の後ろ影
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
俗伝にはかの時ぶつ竜王が己れをおおいくれたをよろこび、礼に何を遣ろうかと問うと、われら竜族は常に金翅鳥こんじちょうに食わるるから、以後食われぬようにと答え、仏すなわち彼の背に印を付けたので
貫一はよろこばざる色をしてこれにこたへたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)