忌避きひ)” の例文
当時ヨアヒムがこの曲にひそむ狂気的なものを感じて演奏を忌避きひしたというのは、伝説の誤りでなければ、ヨアヒムの偏見であろうと思う。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
絶対に光秀を忌避きひして、光秀を逆賊となす者のある一面には、暗に、彼の聯絡れんらくにたいして黙契もっけいをもってこたえ、情勢の進展とにらみ合わせて
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ、旅行というものを極度に忌避きひする一念がこうまで昂上してみれば、今後のことは時間の問題のみであります。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と俺は言ったが、明らかに忌避きひされたのだ。こっちも徴兵忌避の気持だったが、向うからも忌避されたのだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
僕はただもう、そういう放送によってエーテルの世界が騒々そうぞうしくきまわされることがいやでたまりませんでした。僕は反感的に放送を聴くことを忌避きひしていました。
壊れたバリコン (新字新仮名) / 海野十三(著)
ことに法文の読みようによっては、義務を忌避きひする道も随分ずいぶんある。ゆえに世に勢力ある人の中には種々なる口実こうじつをもって財産の義務をことごとく負担ふたんしないものがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
議席はさわぎだてり、我々は真実を以て交はる者なれば、他の議会に見る如き忌避きひ或は秘密等のいとふべき慣例を用ひざるべしとの議論さかんなりしが、篠田はやがて起ち上がりつ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
彼は湯屋ゆやの三助に金を溜めた者が多くある様に金を溜めて居た。しかし、四十三歳の独身者の彼は女に近づかなかった。いな、女の肉体を彼の感覚が忌避きひして居たのかも知れぬ。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
祭司長らはここまで追いすがって強くイエスを告訴したが、ヘロデも彼に有罪の判決を下すことを忌避きひし、兵卒どもとともにイエスに侮辱を加えた後、彼をピトラに送り戻した。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
形式主義への・この本能的忌避きひたたかってこの男に礼楽を教えるのは、孔子にとってもなかなかの難事であった。が、それ以上に、これを習うことが子路にとっての難事業であった。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
僕ハ幸カ不幸カ彼女ヲ熱愛シテイル。ココデ僕ハ、イヨイヨ彼女ノ忌避きひニ触レル一点ヲあばカネバナラナイガ、彼女ニハ彼女自身全ク気ガ付イテイナイトコロノ或ル独得ナ長所ガアル。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこにはただ誠実への放棄と仕事への忌避きひと、そうして私益への情熱のほか、何もなくなるであろう。相愛の社会がくずれる時、美もまたくずれてくる。醜い工藝は醜い社会の反映である。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
多くの方面ではむしろ反対に一生懸命「世界一」になることを忌避きひしているのではないかと思われるふしがある。日本人の出した独創的な破天荒なイデーは国内では爆発物以上に危険視される。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「直ぐに思い当った。僕はこの間の晩、義太夫を忌避きひしたものだからね」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
丁度吟味與力笹野新三郎を忌避きひして、無實の罪を訴へでもするやうに、生首と死體とが實に頑固ぐわんこ威嚇ゐかくをくり返しました。
その感嘆もいつか妬みに似た忌避きひとなり、遂には彼の才能にうるさいような気持を抱くようになっていたからである。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
極端に忌避きひするようでは困ったものだネ
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
関興、張苞を連れてゆくのは少し工合が悪いがと、崔諒さいりょうはためらったが、それを忌避きひすれば疑われるにちがいない。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
猿は、白い歯を与えたのみで、敬礼を忌避きひした。トム公は、帆柱へ足を巻いて、また一枚堅パンを出した。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
藤井紋太夫の忌避きひにふれては、江戸在住も国もと組も、その位置にあることはむずかしかった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)