川縁かわべり)” の例文
小川屋のかたわらの川縁かわべりの繁みからは、雨滴あまだれがはらはらと傘の上に乱れ落ちた。びた黒い水には蠑螈いもりが赤い腹を見せている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
長次郎は更に平左衛門の家の作男さくおとこをそっと呼び出して、主人の伜はこの十三夜の夜ふけに寝床をぬけ出して村境の川縁かわべりにさまよっていたのを
半七捕物帳:24 小女郎狐 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
余は晩餐前に公園を散歩するたびに川縁かわべり椅子いすに腰を卸して向側をながめる。倫敦ロンドンに固有なる濃霧はことに岸辺に多い。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鼕々とうとうという水音にふと面を上げて見ると、ここは保津川の川縁かわべり彼方あなた青巒せいらんから一面の名鏡ともみえる夏の月がさし上って、大河に銀波をっていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半鐘はんしょうの音はその暴風雨あらしの中にきれぎれに響いた。郡奉行こおりぶぎょうの平兵衛は陣笠じんがさ陣羽織じんばおり姿すがた川縁かわべりへ出張して、人夫を指揮して堤防の処どころへ沙俵すなだわらを積み木杭きぐいを打ち込ましていた。
水面に浮んだ女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
男はまだ三十にもならぬらしく、色の小白い、人好きのよさそうな顔をしていた。時々高貴織りの羽織などを引っかけて川縁かわべりなどを歩いているその姿を、お増は見かけていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
小川が分れて松原の裏をく、その川縁かわべりあしの根を伝い伝い、廻りにはなるが、踏切の処へ出る……支流で、川は細いが、しおはこの方が余計にすから、どうかとは思ったものの
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
川縁かわべりを伝わって来る、楊の影が、地に落ちて、棒縞がかっきりと路を染める中を、人の足だけが出たり入ったりしている、それから間もなく岩魚の塩焼が、膳にのぼる頃になると、楊の葉の中を
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
女は黙ってむこうをむく。川縁かわべりはいつか、水とすれすれに低く着いて、見渡す田のもは、一面いちめんのげんげんでうずまっている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こっちでお米が声を筒抜つつぬかせた。——ハッと思って眼をみはるとお藤の体はグッタリして、仲間ちゅうげんの脇の下にい込まれ、声も得立えたてずズルズルと川縁かわべりへ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雨は止んでしまったが風はだ強かった。平三郎も父といっしょに川縁かわべりへ出ていた。平三郎は鉢巻をしすそをからげて、人夫といっしょに沙俵を運んだり、舟へ乗って堤防を見廻ったりした。
水面に浮んだ女 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
万吉とても同じであろう、川縁かわべりへ駈けだして行くと、無論、誰か持主のある物だろうが、委細いさいかまわずもやいを解いて、手頃な小舟をやしろの裏へいて来る。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「大丈夫、大丈夫」と云うらしく聞こえたから、自分もそれなりにして注意はしなかった。宿へ着いたとき、彼は川縁かわべり欄干らんかんに両手を置いて、眼の下の広い流をじっとながめていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)