嵐気らんき)” の例文
旧字:嵐氣
夜もすがら大殿のひさしめぐ嵐気らんきが絶えない。枕頭の燭は、風もないのに、ものの気に揺れ、光秀の閉じているまぶたのうえにゆらゆら明滅を投げかける。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、山々の緑が迫って、むくむくとある輪廓りんかくは、おおぞらとのくぎりあおく、どこともなく嵐気らんきが迫って、かすかな谷川のながれの響きに、火の雲の炎の脈も、淡く紫に彩られる。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すなはち橋を渡りてわづかに行けば、日光くらく、山厚く畳み、嵐気らんきひややか壑深たにふかく陥りて、幾廻いくめぐりせる葛折つづらをりの、後には密樹みつじゆ声々せいせいの鳥呼び、前には幽草ゆうそう歩々ほほの花をひらき、いよいよのぼれば
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
夏の暑さのために縁の外の葦竹あしだけ、冬の嵐気らんきを防ぐために壁の外に積む柴薪さいしん——人間が最少限の経費で営み得られる便利で実質的な快適生活を老年の秋成はこまごまと考へて居た。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
私はラプンツェルを好きなのだ、不思議な花、森の精、嵐気らんきから生れた女体、いつまでも消えずにいてくれ、と哀愁あいしゅうやら愛撫やら、堪えられぬばかりに苦しくて、目前の老婆さえいなかったら
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
嵐気らんきにかくされた その風貌のとげのなまなましさ。
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
山城の曲輪は、四山の嵐気らんきを断っているが、伊吹の中腹である、何といっても風は冷たい。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
嵐気らんきしたゝる、といふくせに、なに心細こゝろぼそい、と都会とくわい極暑ごくしよなやむだ方々かた/″\からは、その不足ふそくらしいのをおしかりになるであらうが、行向ゆきむかふ、正面しやうめん次第しだい立累たちかさなやまいろ真暗まつくらなのである。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ドウーッと、滝の落ちるような音の奥から、寒いような嵐気らんきが樹々の眠りをさましてくる。大勘は時折、ものいいたげに源次のほうを見た。源次もうなだれて棟梁の影を眺めた。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし山国の嵐気らんきのなかで隠岐の六百二十五年前の人と波濤を想像にのぼすなどは悪いコンディションであったとは思わない。そのフィクションもすべて史証を布石とする推理なのはもちろんだが。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)