“寡人(くわじん)” の例文
呉王(ごわう)曰(いは)く、『將軍(しやうぐん)、(一一)罷休(ひきう)し(一二)舍(しや)に就(つ)け、寡人(くわじん)、下(くだ)りて觀(み)るを願(ねが)はず』と。孫子(そんし)曰(いは)く、『王(わう)、徒(いたづら)に其言(そのげん)を好(この)んで、其實(そのじつ)を用(もち)ふること能(あた)はず』
... 寡人(くわじん)、此(この)二姫(き)に非(あら)ざれば、食(しよく)、味(あぢはひ)を甘(あま)しとせず。願(ねが)はくは斬(き)る勿(な)かれ』と。孫子(そんし)曰(いは)く、『臣(しん)、既(すで)に已(すで)に命(めい)を受(う)けて將(しやう)たり。將(しやう)は軍(ぐん)に在(あ)りては君命(くんめい)をも受(う)けざる所(ところ)有(あ)り』
人(ひと)或(あるひ)は其書(そのしよ)を傳(つた)へて秦(しん)に至(いた)る。秦王(しんわう)、孤憤(こふん)・五蠧(ごと)の書(しよ)を見(み)て曰(いは)く、『嗟乎(ああ)寡人(くわじん)、此人(このひと)を見(み)之(これ)と遊(あそ)ぶを得(え)ば、死(し)すとも恨(うら)みじ』と。李斯(りし)曰(いは)く、『此(こ)れ韓非(かんぴ)の著(あら)はす所(ところ)の書(しよ)也(なり)』と。秦(しん)因(よ)つて急(きふ)に韓(かん)を攻(せ)む。
寡人(くわじん)已(すで)に將軍(しやうぐん)の能(よ)く兵(へい)を用(もち)ふるを知(し)る。