寄辺よるべ)” の例文
旧字:寄邊
先生は世話好きとでもいうのか、親に棄てられた寄辺よるべのない子供や、身寄のない気の毒な老人を、眼につき次第誰彼かまわず世話をする。
電燈も来ないのに早や戸じまりをした一軒の家の二階——戸のあらわな木肌は、不意に堯の心を寄辺よるべのない旅情で染めた。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
だがさりとて他に身の振り方もなく、先づ先づ生れ故郷の地に立戻つては来たものの、さて何処に寄辺よるべもない、全く文字通り孤独の身であつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
彼はただに棄てざる恋を棄てにし悔に泣くのみならで、寄辺よるべあらぬ貫一が身の安否をおもひはかりてあたはざりしなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「人間だけは自然の子供ではないやうに思へるのですが。自分の生涯がそんな儚いものに思はれたら、生きるにも寄辺よるべなくて堪えられなくはありませんか」
ちょうど寄辺よるべなぎさの小舟おぶねとでも言いたい無気力なこころもちにつつまれる朝夕、栄三郎は何度となく万事を棄てて仏門へでも入りたく思ったのだが。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そも/\われは寄辺よるべない浮浪学生ふらうがくしやう御主おんあるじ御名みなによりて、もり大路おほぢに、日々にちにちかてある難渋なんじふ学徒がくとである。おのれいまかたじけなくもたふと光景けしき幼児をさなご言葉ことばいた。
旦那にしかられた時は、いつでも爺さんは寄辺よるべのない、一人ぼっちの身が可哀想でたまらなくなり、いっそ裏の川へ身を投げてしまおうかとまで思いつめるのである。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
たのみは妻子にあらずして、寄辺よるべは父母にあらぬなり、何かのなやみを忍びつつ、成功いさおに進む我が心
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
こういう関係のある牧が、今寄辺よるべを失って、五百の前にこうべを屈し、渋江氏の世話を受けることになったのである。五百はうらみに報ゆるに恩を以てして、牧のおいを養うことを許した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
家中の動揺と混乱はひじょうなものだったが、幸い世を騒がすような紛擾ふんじょうも起こらず、多くの者が或いは志す寄辺よるべを頼り、また他家へ仕官したりして、思い思いに城下を離散した。
日本婦道記:二十三年 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
(額をこする)何を言ってたんだっけ? そう……ツルゲーネフね……「しゅよ、ねがわくは、すべての寄辺よるべなき漂泊さすらいびとを助けたまえ」……いいの、なんでもないの。(むせび泣く)
ゆかりの人々も寄辺よるべをうしない、それの姫君、なにがしの女房と呼ばるる、やんごと無き上﨟達もおちぶれて、たよりなきままに恥を忍び、浮川竹うきかわたけの憂きに沈めて、傾城けいせい遊女の群れにも入りたもう。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
寄辺よるべなみかかるなぎさにうち寄せて海人も尋ねぬ藻屑もくづとぞ見し
源氏物語:29 行幸 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と彼は慌てふためいて立ち上つたが、竹竿に吊された干物みたいに寄辺よるべない有様をして、彼自らの魂魄を探しあぐねた魍魎のやうにウロウロ四辺あたりを眺め廻した。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)