媒介なかだち)” の例文
森本の二字はとうから敬太郎けいたろうの耳に変な響を伝える媒介なかだちとなっていたが、この頃ではそれが一層高じて全然一種の符徴ふちょうに変化してしまった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小丘おかの下に、加之しかも向かい合って立っていることで、これが普通の仲でしたら、お互に寂しいのが媒介なかだちとなって却って親しくなるのですけれど
死の復讐 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
恋をするものにとつて、こんな結構な媒介なかだちがあらうか、それを思ふと、今日まで兵隊や氷詰こほりづめの魚ばかし輸送してゐたのは勿体ないやうな気持がする。
但しは此の横笛を飽くまで不義淫奔におとしいれんとせらるゝにや。又しても問ひもせぬ人の批判、且つは深夜に道ならぬ媒介なかだち、横笛迷惑の至り、御歸りあれ冷泉樣。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
上州屋の女房は両国の薬種屋の媒介なかだちでここへ縁付いたもので、その関係上、多年親類同様に附き合っている。馬道からわざわざ薬を買いにゆくのもその為である。
半七捕物帳:22 筆屋の娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
妻は争い負けて大部分を掠奪りゃくだつされてしまった。二人はまた押黙って闇の中でしない食物をむさぼり喰った。しかしそれは結局食欲をそそる媒介なかだちになるばかりだった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それからまもなく、石念と鈴野とは、師の媒介なかだちで添うことになった。親鸞の寛大と英断に驚く者もあったが、それからの石念の道行どうぎょうはたしかに一歩も二歩も進んでいた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしこのみなと貿易商會ぼうえきしやうくわい設立たて翌々年よく/\としなつ鳥渡ちよつと日本につぽんかへりました。其頃そのころきみ暹羅サイアム漫遊中まんゆうちゆううけたまはつたが、皈國中きこくちゆうあるひと媒介なかだちで、同郷どうきやう松島海軍大佐まつしまかいぐんたいさいもとつまめとつてたのです。
光子は執事遠藤の家へ引取られ男の児を産んで六十日たつか経たぬうちやはり遠藤の媒介なかだちで中学校の英語教師種田順平なるものの後妻となった。時に光子は十九、種田は三十歳であった。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
此時分に大仏の和尚の媒介なかだちで私と阪本と縁組をしたのですが
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
神籤みくじに何の執着もなかったお延は、突然こうして継子とたわむれたくなった。それは結婚以前の処女らしい自分を、彼女におもい起させる媒介なかだちであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「これは乱暴だ。和議の媒介なかだちに参った朝臣方を、なにゆえあって捕え給うか」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし三河守師冬が養父の不義を憎んで、その媒介なかだちをするかれを追い払えというのは、なにさま、さもありような話であった。追い払われて何処へゆく。それを思うと、侍従も少し途方にくれた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
帽子なしで外出する昔ながらの癖を今でも押通しているその人の特色も、彼には異な気分を与える媒介なかだちとなった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はこの長い手紙を書いた女と、この帽子を被らない男とを一所に並べて考えるのが大嫌だいきらいだった。それは彼の不幸な過去を遠くから呼び起す媒介なかだちとなるからであった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女の様子は剛張こわばっていた。そのくせ心はまとまりなく動いていた。先刻さっき出かけようとして着換えた着物まで、平生ふだんと違ったよそゆきの気持を余分に添える媒介なかだちとなった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女の権幕は健三の心をますます彼女から遠ざける媒介なかだちとなるに過ぎなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)