婆娑ばさ)” の例文
頭に婆娑ばさたる長毛ちょうもうを戴き、底意ありげな薄笑いをしているところは、張継が「楓橋夜泊」の寒山拾得の顔にその儘であった。
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
涼風一陣吹到るごとに、ませがきによろぼい懸る夕顔の影法師が婆娑ばさとして舞い出し、さてわ百合ゆりの葉末にすがる露のたまが、忽ちほたると成ッて飛迷う。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
婆娑ばさとした街路樹がかすかな露気を額にさしかけ、その下をランデ・ヴウの男女が燕のように閃いてすれ違う。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ちょうどよいねぐらとここに一夜を明かしている虚無僧らしいのである。の火が赤く立つと、大きな人影が婆娑ばさとして壁に映る。独り尺八を吹いているのだ。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
障子の紙も貼つてから、一冬はもう越えたのであらう。切り貼りの点々とした白い上には、秋の日に照された破芭蕉やればせうの大きな影が、婆娑ばさとして斜に映つてゐる。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もしそれ明月皎々こうこうたる夜、牛込神楽坂うしごめかぐらざか浄瑠璃坂じょうるりざか左内坂さないざかまた逢坂おうさかなぞのほとりにたたずんで御濠おほりの土手のつづく限り老松の婆娑ばさたる影静なる水に映ずるさまを眺めなば
ですから一句のうちに松影婆娑ばさたる須磨の浦を現わし、一節の裡に万人の袖を濡らす事が出来るのです
謡曲黒白談 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
菩提樹には月が宿りその影が婆娑ばさとして金剛坐こんごうざの上に映って居る景色は実に美しゅうございました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
風の音にも幾度いくたびかしらを挙げし貫一は、婆娑ばさとして障子にるる竹の影を疑へり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その晩は例の竹が、枕元で婆娑ばさついて、寝られない。障子しょうじをあけたら、庭は一面の草原で、夏の夜の月明つきあきらかなるに、眼をしらせると、垣もへいもあらばこそ、まともに大きな草山に続いている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
糸を抜かれたよりも婆娑ばさとした姿に変って、大言壮語も吐かず弱々よわよわと佐賀の城下へかれて行った。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
障子の紙も貼ってから、一冬はもう越えたのであろう。切り貼りの点々とした白い上には、秋の日に照らされた芭蕉ばしょうの大きな影が、婆娑ばさとして斜めに映っている。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
昼過のやわらかな日光に、冬枯れした庭木の影が婆娑ばさとして白い紙の上に描かれる風趣。春の夜に梅の枝の影を窓の障子に見る時の心持。それはすでに清元浄瑠璃の外題げだいにも取入れられている。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
若き空には星の乱れ、若きつちには花吹雪はなふぶき、一年を重ねて二十に至って愛の神は今がさかりである。緑濃き黒髪を婆娑ばさとさばいて春風はるかぜに織るうすものを、蜘蛛くもと五彩の軒に懸けて、みずからと引きかかる男を待つ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)