夕映ゆうばえ)” の例文
ナポレオンは答の代りに、いきなりネーのバンドの留金がチョッキの下から、きらきらと夕映ゆうばえに輝く程強く彼の肩をすって笑い出した。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
この春、ちょうど夕方であったが、木津川へさしかかる前、菜の花の咲き乱れた遠いはてに、伊賀の古城が夕映ゆうばえをうけて紫色に燃えているのを見た。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
晩秋おそあきの晴れた一日ひとひが、いつか黄昏たそがれて、ほんのりと空を染めていた夕映ゆうばえも、だんだんにうすれて行く頃だ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
棒切れをもった子供の一隊が、着物の前をはだけて、泥溝どぶ板をガタ/\させ、走り廻っていた。何時迄も夕映ゆうばえを残して、澄んでいる空に、その喚声がひゞきかえった。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
初夏はつなつ夕映ゆうばえの照り輝ける中に門生が誠意をめてささげた百日紅ひゃくじつこう樹下に淋しく立てる墓標は池辺三山の奔放淋漓りんりたる筆蹟にて墨黒々と麗わしく二葉亭四迷之墓とろくせられた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ホームズがブラウンとつれ立って出て来た時には、夕映ゆうばえは消え去って、四辺あたりは灰色の黄昏が迫りかけていた。たった二十分の間に、サイラス・ブラウンの変りようったらなかった。
あかあかと燃える夕映ゆうばえの空、うっすらと狭霧の立ちこめる朝などに、遠くそびえるあの大寺院の尖塔は、ネルロの心と、おじいさんの言葉とは全くちがったものを告げているのでした。
浅間も次第に暮れ、紫色に夕映ゆうばえした山々は何時しか暗い鉛色と成って、ただ白い煙のみが暗紫色の空に望まれた。急に野面のらがパッと明るく成ったかと思うと、復た響き渡る鐘の音を聞いた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
緑ばんだ金色の夕映ゆうばえの名残を背景にして黒い人間の姿が影絵のように立っているのを彼は見た。妙な絹帽シルクハットをかぶった男で肩に大きなすきを担いでいる。その取合せが妙にかの寺男てらおとこを思わせた。
ブラームスの晩年を輝く夕映ゆうばえのようにはなやかにしたが、一八九六年頃から肝臓癌かんぞうがんの症状が著しくなり、本人の知らぬ間に病勢は進んで、六十四歳のブラームスはもはや昔の威風はなかった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
うすもやのような暮気があたりを包んで、押上おしあげ柳島やなぎしまの空に夕映ゆうばえの余光がたゆたっていたのもつかのま、まず平河山法恩寺をはじめとして近くに真成しんせい大法たいほう霊山れいざん本法ほんぽう永隆えいりゅう本仏ほんぶつなど寺が多い
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その上に横たわる鮮肉のような夕映ゆうばえの雲を凝視した。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そうしたら永遠なる夕映ゆうばえの中に
夕映ゆうばえから夜にかはるやうに
そのうちに、木と木の間が光って、高い青空は夕映ゆうばえの色に耀かがやき始めた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)