堆朱ついしゅ)” の例文
あくる日に行ってみると、私に決めた部屋はすっかり片付いていて、丸窓の下に堆朱ついしゅの机と、その横に花梨胴かりんどうの小長火鉢まで据えられていた。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
散らかって方丈へなだれ込んだ手下たちは、やがて戻ってきて、範宴のへやから一箇の翡翠ひすい硯屏けんぺい堆朱ついしゅ手筥てばことを見出してきただけであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
父が此の上もなく大切にしている堆朱ついしゅなつめというのを覗かしてもらいましたら、それは私のおはじきを納れるによい容器いれもののように思われました。
虫干し (新字新仮名) / 鷹野つぎ(著)
さては又腰に提げた堆朱ついしゅ印籠いんろうから青貝のさや茶欛ちゃづか白金具しろかなぐという両刀の好みまで優にやさしく、水際立った眼元口元も土佐絵の中から脱け出したよう。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
白牡丹はくぼたんで買ったばかりの古渡こわたりの珊瑚さんごの根掛けや、堆朱ついしゅ中挿なかざしを、いつかけるような体になられることやらと、そんなことまで心細そうに言い出した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ひどくひっかかりそうなのは好まないので、木魚もくぎょなどは多くもない採集の中にも三つ四つあったでしょう。その他達磨だるまは、堆朱ついしゅのも根来塗ねごろぬりのもありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
また幾千金にかえられた堆朱ついしゅのくり盆に、接待煎餅せんべいを盛って給仕きゅうじが運んでおったのもその頃であった。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
いずれは堆朱ついしゅか、螺鈿らでん細工のご名品にちがいないが、それに珊瑚珠さんごじゅの根付けかなんかご景物になっていたひにゃ、七つ屋へ入牢にゅうろうさせても二十金どころはたしかですぜ。
その香水びんほどの可愛かわいらしいやつが、色玻璃はりだの玉石だの白磁だの、まれには堆朱ついしゅだのの肌をきらめかせながら、ざつと二三百ほども並んでゐるのだ。これにはあきれたね。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
蒔絵まきえの金銀のくもりを拭清ふききよむるには如何にせばよきや。堆朱ついしゅの盆香合こうごうなどそのほりの間の塵を取るには如何にすべきや。盆栽の梅は土用どよううち肥料こやしやらねば来春花多からず。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
支那皇帝がこの精力的な女皇に贈ったという堆朱ついしゅ大瓶おおがめを眺めている間、そしてこのたいして美しいとも思えぬ瓶一つのために八十年間三代の工人が働いたという説明をきいて
赤い貨車 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
室内に目立つのは、幾筋も藤蔓ふじづるを張って、それに吊下げて有る多数の印籠。二重物、三重物、五重物。蒔絵、梨地、螺鈿らでん堆朱ついしゅ屈輪ぐりぐり。精巧なのも、粗末なのも、色々なのが混じていた。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そして、その上には、紺紙金泥に、金襴の表装をした経巻一巻と、遺書を包んだ袱紗ふくさとが、置かれ、その机と、枕との間には、豊後国行平作の、大脇差が、堆朱ついしゅの刀掛けに、掛かっていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
この宿の堆朱ついしゅの机の前に座って、片手を小長火鉢の紫檀したんの縁にかざしながら、晩秋から冬に入りかける河面を丸窓から眺めて、私は大かた半日同じ姿勢で為すことなく暮した。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
紫金襴の嚢には、金糸銀糸で瑞鳳彩雲ずいほうさいうん刺繍ぬいがしてあった。打紐うちひもを解いてみると、中から朱いはこがあらわれた。その朱さといったらない。おそらく珊瑚朱さんごしゅ堆朱ついしゅの類であろう。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仙台のおみやげという堆朱ついしゅのインクスタンドだの、お母さんのおみやげのころがき玉子。