あざけり)” の例文
わたくしは敢てあざけりを解かうとはしない。しかし此書牘を作つた人々の心理状態はわたくしの一顧の値ありとなす所のものである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
どうかすると外の人の前で、此詞を言ひ出す事がある。例之たとへば公爵に向いてそんな事を言ふ。公爵は軽いあざけりの表情を以て、唇に皺を寄せる。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
驚くうちは楽がある! 女は仕合せなものだ! うちへ帰って寝床へ這入はいるまで藤尾の耳にこの二句があざけりれいのごとく鳴った。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
アントニオは古の名家の少時の作を世におほやけにせしものあるを見て、或はおのれのをも梓行しかうせんとすることあらんか。そは世のあざけりを招くに過ぎず。
その日神中が銀行へ往ったところで、他の銀行員は平生いつになく神中にあざけりの眼を向けた。神中はどうしたことだろうと思っていると、知人が出て来て
雀が森の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それ見たかと言わないばかりの親戚友人のあざけりの中に坐って、淋しい日を送ったことが多かった。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いたずらにみずからあらわしてあざけりを買うに過ぎず。すべて今の士族はその身分を落したりとて悲しむ者多けれども、落すにもあぐるにも結局物の本位を定めざるの論なり。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あざけりを帯びて。)あんな風になら、一人で幾生涯でも生きて見られようじゃありませんか。
怒をあざけりに換へながら、蔑むやうに哄笑した。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
咀う口から出るのろいや、いろいろのあざけり
大村の顔を、かすかな微笑がかすめて過ぎた。あざけりの分子なんぞは少しも含まない、温い微笑である。感激し易い青年の心は、何故なにゆえともなくこの人を頼もしく思った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そのの夢に藤尾は、驚くうちはたのしみがある! 女は仕合しあわせなものだ! と云うあざけりれいを聴かなかった。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
学者の談話はなしを聞ても其意味を解し、自から談話しても、其意味の深浅は兎も角も、弁ずる所の首尾全うして他人のあざけりを避ける位の心掛けは、婦人の身になくて叶わぬ事なり。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
冷たいあざけりを含んだ声がふるいを帯びて聞えて来た。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
怒をあざけりに換えながら、さげすむように哄笑こうしょうした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
爺いさんのこう云う時、顔には微笑の淡い影が浮んでいたが、それが決して冷刻なあざけりの微笑ではなかった。僕は生れながらの傍観者と云うことに就いて、深く、深く考えてみた。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その五日目の昨夕ゆうべ! 驚くうちはたのしみがある! 女は仕合せなものだ! あざけりれいはいまだに耳の底に鳴っている。小机にひじを持たしたまま、燃ゆる黒髪を照る日に打たして身動もせぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
金太は忽ち、あざけりの色を浮べた。
おいてけ堀 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)