前触まえぶれ)” の例文
旧字:前觸
しかも田舎いなか教師の三吉としてはすくなからぬ高である。前触まえぶれも何もなく突然こういうものを手にしたということは、三吉を驚かした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
帳場のぼんぼん時計が、前触まえぶれなべに物の焦げ附くような音をさせて、大業おおぎょうに打ち出した。留所とめどもなく打っている。十二時である。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして非常に恐しい事件の前触まえぶれのような気がします。悪くいけば、地球人類の上に、いまだ考えたことのないほどの、わざわいが落ちてくるかもしれない。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
田中君はわざと名古屋訛なごやなまり真似まね調戯からかっていた。女は御上手だ事とか、御上手やなとか、何とか云ってめていた。ところが前触まえぶれのスキ焼はなかなか出て来ない。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
天地は再びもと寂寞せきばくかえったかと思うと、灰のようなこまかい雪が音もせずに降って来た。ういう前触まえぶれの気配を以て降って来た雪は、一丈に達せざれば止まぬのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
見たものの話でござりますが、これを一目の時、震え上って、すぐに地震、と転倒てんどういたしましたそうで、ここで誰も大地震の前触まえぶれを、虚言そらごととは思いませんようになりました。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こいつは少々駈引かけひきがあると米友がその時に思いましたのは、ほんとうに斬る気ならば前触まえぶれはないはずである、ところが刀を往来中おうらいなかへころがして置いて、文句をつけに出るのだから
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一首の意は、たとい千万の軍勢なりとも、彼此と言葉に云わずに、前触まえぶれなどせずに、直ちに討取って来る武将だとおもう、君は、というので、威勢をつけて行をさかんにしたものである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
その青木が何の前触まえぶれもなく突然上京して、啓吉を訪ねて来たのである。
祝盃 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と先ず前触まえぶれが大層なり。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
前触まえぶれのあった百万遍を持込みましたろうではありませんか、座中の紳士貴婦人方、都育ちのお方にはお覚えはないのでありまするが、三太やあい、まいの迷イ児の三太やあいと
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幾年ぶりかで輝子夫婦が叔父に逢いに来ようという日には、谷中の義雄の方からも一緒に岸本の宿に集まろうという前触まえぶれがあった。義雄は節子を連れて輝子達より一歩ひとあし先に愛宕下へ来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その嬉しさが出た時、自分は風も雨も海嘯つなみも母も兄もことごとく忘れた。するとその嬉しさがまた俄然がぜんとして一種の恐ろしさに変化した。恐ろしさと云うよりも、むしろ恐ろしさの前触まえぶれであった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いずれ返事をすると義雄の方から前触まえぶれのあったのがこれだ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)