僻目ひがめ)” の例文
これを主客顛倒と見るのは始めから自然は客であるべきはずとの僻目ひがめから起るのである。——まあこういうのが非難の要点である。
「たしかにこの目が……現在見たこの目が僻目ひがめであろうはずはござりませぬが、見届け得なんだこの目は、浮目うきめでござりましたか」
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「ほんとさ。お前さん。」お豊は首を長くのばして、「私の僻目ひがめかも知れないが、実はどうも長吉の様子が心配でならないのさ。」
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
骸骨がいこつの上をよそうて花見かな」(鬼貫)とはいうものの、花見に化粧して行く娘の姿は美しいものです。骸骨のお化けだ、何が美しかろうというのは僻目ひがめです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
彼女かれでのうて誰と見た。三浦の娘などと思うたら大きな僻目ひがめじゃ」と、泰親は意味ありげにほほえんだ。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし、そう見えたのは気のせいだったか、僻目ひがめだったか、番頭は人のよさそうな顔つきでにこにこしながら退屈男の傍へ近づいて来ると、物軟かに言いました。
それを強いて知りたくもない。唯あの二人を並べて見たとき、なんだか夫婦のようだと思ったのが、慥かに己の感情を害した。そう思ったのは、決して僻目ひがめではない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それから僻目ひがめかも知れないが、先生を訪問しても、先生によってはしきいが高いように思われた。
僻目ひがめであろうかと恐れたが、それかといって、その疑を払拭する反証をも捉え得なかった。
私はかく見るのであるが、これは私一人の僻目ひがめであろうか。読者の判断を望むのである。
芸術と数学及び科学 (新字新仮名) / 三上義夫(著)
五十川さんなぞはなんでも物を僻目ひがめで見るから僕はいやなんです。けれどもあなたは……どうしてあなたはそんな気象でいながらもっと大胆に物を打ち明けてくださらないんです。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
弓引き楯をつらぬる者は誰ぞや! 玉置の荘司殿と見たは僻目ひがめか! ……只今ほろぶべき武家に加担し、即時にご運を開かせ給う宮家に、敵対いたす愚かさよ! ……一天下の間いずこのところにか
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なれる身もなせる心も知られねばおのが僻目ひがめと思ふらん
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
黒と黄の縞のネクタイ鮮やけき洒落者みやびをとこと見しは僻目ひがめ
河馬 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
「ほんとさ。おまへさん。」おとよは首を長くのばして、「私の僻目ひがめかも知れないが、じつはどうも長吉ちやうきち様子やうすが心配でならないのさ。」
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
わたしの僻目ひがめというものか知らとまで、自分を疑ってくるようにまでなるのは、ほんとうに自分ながら不思議でなりませんのよ。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「かわる心と子や思うらん」といいますが、それはつまり子供の僻目ひがめです。事実は、父も母も、子のかわいさにおいては、なんら異なっているところはないのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
僻目ひがめでもない。番頭のまなざしのうちにはたしかに鋭い嶮があるのです。咄嗟のうちにそれを看破った主水之介の眼光も恐るべきだが、しかし男はさらに巧みでした。
「違やしません。貴方にはただそう見えるだけです。そう見えたって仕方がないが、それは僻目ひがめだ」
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
車のぬしを衣笠と見たのは自分の僻目ひがめで、彼女はやはり玉藻であったに相違ない。それにしては、わらわに恋するなど及ばぬこと——この一句の意味がよく判らなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
天正十一年に浜松を立ち退いた甚五郎が、はたして慶長十二年に朝鮮から喬僉知きょうせんちと名のって来たか。それともそう見えたのは家康の僻目ひがめであったか。確かな事は誰にもわからなんだ。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そこで、心を落着けて、よく見るの余裕を得て見ると、右の手に持っていた刀を、単に左に持ち替えたと見たのは僻目ひがめでした。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ちがやしません。貴方あなたにはたゞ左様さう見える丈です。左様さうえたつて仕方がないが、それは僻目ひがめだ」
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
が、しかしです。「無用の用」こそ「真の用」ではありませんか。理窟と見るは所詮しょせん僻目ひがめです。「空」の原理、「不生不滅」の真理、それは偽ることのできない道理です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
一 文壇の治郎左衛門やはり田舎の人に多きやうなるはわが僻目ひがめか。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
江戸の土を踏んだ初めての見参げんざんなのですが、さすがの白雲も、芸術家並みに頭の古いといわれるのを嫌がって、それでハイカラの傘を仕込んで来たと見るのは僻目ひがめ
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
僻目ひがめでも何でもくつてよ」
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
鶏の声が戸の隙からるるを見て、兵馬は立って、一枚の雨戸を繰ると、満山の雪と見たのは僻目ひがめ、白いというよりは痛いほどの月の光で、まだあけたのではありません。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
堂守の老人の見たのが僻目ひがめではなく、或る時は、さやけき月の光を白衣に受けて、それが銀のようにかがやき、或る時は、木の下暗に葉影を宿してそれが鱗のようにうつります。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)