一語ひとこと)” の例文
あんまひどすぎる」と一語ひとことわずかにもらし得たばかり。妻は涙の泉もかれたかだ自分の顔を見て血の気のないくちびるをわなわなとふるわしている。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
お前が仕合せになる道として選んだのならお父様も決してお前を妨げようとはしないから、一語ひとことだけハッキリと教えておくれ。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
街路に立って見る市民の中には一語ひとこと熱狂した叫び声を発するものもなかった。いずれも皆静粛な沈黙を守って馬上の壮丁を見送るもののみであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
芹沢が、お松を見つけていじめつけているのを、さいぜんから見もし聞きもしていながら、今になってただ一語ひとこと
「いえ、私の番頭に今一寸一語ひとこと二語ふたこと云ってやることが出来たらとそう思ったので、それだけですよ。」
「御経をうけたまわり申した嬉しさに、せめて一語ひとことなりとも御礼申そうとて、まかいでたのでござる。」
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
睨むようにいったけれど、また、抱き込んで、頬へ頬をつけながら、たッた一語ひとこと、こういった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
偶然話の合間に云われた一語ひとことに執してものを云うとなれば意地わるのようでもあるが、それでも私には何だかこの若いひとの一語とそれの云われた態度とはつよい感銘であった。
話しながら絶えず身体をゆすぶり、一語ひとこと一語ひとことに手招ぎするような風に手を動す癖がある。
申訳 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
女は一語ひとことも言はず、面も背けたるままに、その手はますます放たで男の行くかたに歩めり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
吉里は一語ひとことさないで、真蒼まッさおな顔をしてじッと平田を見つめている。平田もじッと吉里を見ていたが、堪えられなくなッて横を向いた時、仲どんが耳門くぐりを開ける音がけたたましく聞えた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
月影はこんもりとこの一群ひとむれてらしている、人々は一語ひとことを発しないで耳を傾けていた。今しも一曲が終わったらしい、聴者ききての三四人は立ち去った。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
これから捨吉が教えに行こうとする麹町の学校は高輪の浅見先生の先の細君がいしずえを遺して死んだその形見の事業であるということなぞを聞取った後で、一語ひとこと
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
色々おわびは為るつもりでも、かうしてお目に掛つて見ると、面目めんぼくが無いやら、悲いやらで、何一語ひとことも言へないのですけれど、貫一さん、とても私は来られるはずでない処へかうして来たのには
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
吉里は一語ひとことわぬ。見向きもせぬ。やはり箪笥にもたれたまま考えている。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
全身から嘆息をもらすように、秀吉の方からやがて一語ひとこといった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
千代子の耳には亀戸といふ一語ひとことが意味あり気に響いたらしい。
にぎり飯 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
『隠せ。』——戒はこの一語ひとことで尽きた。しかし其頃はまだ無我夢中、『阿爺おやぢが何を言ふか』位に聞流して、唯もう勉強が出来るといふ嬉しさに家を飛出したのであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
千代子の耳には亀戸という一語ひとことが意味あり気に響いたらしい。
にぎり飯 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
始めたぜ。あの人も相変らずよく来てるじゃアないか。あんまりわれわれに負けない方だ。迷わせておいて、今さら厭だとも言えまい。うまい言の一語ひとことも言ッて、ちッたあ可愛がッてやるのも功徳くどくになるぜ
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
「もし、相良様——、もし、もう一語ひとこと
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
というのは、柱にもたれての御独語おひとりごとでした。浮気な歓楽が奥様への置土産は、たったこの一語ひとことです。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お千絵の防ぎは、この一語ひとことであった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は写真の中で見てさえマブしいような義雄兄の前に自分を持って行って見た。一語ひとこと世話を頼むとも言えずに子供を置いて逃出して来たあによめの前に自分を持って行って見た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「違う! ……」と、ぽッつり一語ひとこと
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お前の方はそうでも、おれの方はそうは行かない」——その断りが一語ひとこと言えないような位置に立って、茶の間に居る宿の主婦かみさんから台所の方に働く女中等の聞いているところで
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「刀——と一語ひとこといったようだが」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あゝ、父は丑松の為に『忘れるな』の一語ひとことを残して置いて、最後の呼吸にまで其精神を言ひ伝へて、斯うして牧場の土深く埋もれて了つた——もう斯世このよの人では無かつたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
唯、蓮太郎夫婦に出逢つたこと、別れたこと、それから飯山へ帰る途中川舟に乗合した高柳夫婦——就中わけても、あの可憐あはれな美しい穢多の女の身の上に就いては、決して一語ひとことも口外しなかつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)