“みゆき”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
行幸32.8%
深雪28.4%
御幸22.4%
9.0%
御行3.0%
征路1.5%
御雪1.5%
神幸1.5%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「あれはな、後村上天皇ごむらかみてんのうがいま行幸みゆきになったところだ」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
即ち明治天皇陛下が即位式そくいしきを挙げ玉うた年、初めて京都から東京に行幸みゆきあった其月東京を西南にる三百里、薩摩に近い肥後葦北あしきた水俣みなまたと云う村に生れたのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あの六条院の行幸みゆきのあった直後から朱雀すざく院のみかどは御病気になっておいでになった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
朝顔日記の川場の深雪みゆきなどをしていた役者の面影が、中でも一番印象が深かった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
だるいやうな、ものうい姿でゐるゆき子の変化が、そゞろに哀れで、富岡は、昔歌舞伎で観た、朝顔日記の大井川だつたか、棒杭ぼうくひに抱きついて、嘆いてゐた深雪みゆきの狂乱が、まぶたに浮んだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
思へば六とせそのかみに、たへ御法みのりををさめんと、わが故郷ふるさとを後にして、深雪みゆきの山に旅寝たびねして、ボウダの国に入りにしが、今また雪の山に来て
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
鶯や御幸みゆき輿こしもゆるめけん
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
夏山の若葉立ちくぐ霍公鳥ほととぎすなれもなのらな君が御幸みゆき
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
冷泉院の帝は御期待あそばされたとおりに、御窮屈なお思いもなしに御幸みゆきなどもおできになることになって、あちらこちらと御遊幸あそばされて、今日の御境遇ほどお楽しいものはないようにお見受けされるのであった。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
定家卿の『明月記』建仁二年五月四日の条に「〈近日しきりに神泉苑にみゆきす、その中彘猟ていりょう致さるるの間、生ける猪を取るなり、りて池苑を掘り多くの蛇を食す、年々池辺の蛇の棲を荒らすなり、今かくのごとし、神竜の心如何、もっとも恐るべきものか、俗に呼びていわく、この事に依り炎旱えんかん云々〉」。
『日本紀』七に、八坂入彦皇子やさかのいりびこのみこむすめ弟媛おとひめは無類飛び切りの佳人なり、その再従兄に当らせたもう景行帝その由きこし召して、遠くその家にみゆきせしに、恥じて竹林やぶに隠れたので、帝くくりの宮にいまし鯉多く放ち遊びたもう。
土蜘蛛つちぐもを誅した古蹟という、『日本紀』七や『豊後風土記』に景行帝十二年十月碩田国おおきたのくにみゆきし稲葉河上に土蜘蛛を誅せしに血流れてつぶなきに至るそこを血田というとあるのも土が赤かったからの解説いいわけだろ
大伴おおとも御行みゆき
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
その力が、あの太后おばばの西の征路みゆきに、わざわざ初児を身ごもつてゐる大田を引きずり出したのだ。そしてこのおれを、京の留守役に釘づけにしたのだ。いや、あべこべだ。おれのほかには京の留守居をさせる者はなく、さりとておれほどに物騒な留守居もほかにない——といふ妙にこんがらかつた皮肉な事情が、あの大田の細首に縄をつけてでも、むりやり引きずり出さずにはおかなくしたのだ。
春泥:『白鳳』第一部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
御雪みゆき、木津屋の御雪というのだ」
鹿は春日かすがの第一殿鹿島かしまの神の神幸みゆきの時乗りたまいし「鹿」から、からす熊野くまの八咫烏やたがらすの縁で
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)