“幸(みゆき)” の例文
〈近日しきりに神泉苑に幸(みゆき)す、その中彘猟(ていりょう)致さるるの間、生ける猪を取るなり、仍(よ)りて池苑を掘り多くの蛇を食す、年々池辺の蛇の棲を荒らすなり
方孝孺堅く京(けい)を守りて勤王(きんのう)の師の来(きた)り援(たす)くるを待ち、事若(も)し急ならば、車駕(しゃが)蜀(しょく)に幸(みゆき)して、後挙を為さんことを請う。時に斉泰(せいたい)は広徳(こうとく)に奔(はし)り、黄子澄は蘇州(そしゅう)に奔り、徴兵を促(うなが)す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
五月庚辰(かのえたつ)朔甲申(きのえさる)、吉野宮(よしののみや)に幸(みゆき)したまふ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
〈梁武帝元洲苑に幸(みゆき)し、大蛇道に盤屈し、群小蛇これを繞るを見る、みな黒色、宮人曰く恐らくこれ銭竜ならん、帝銭十万貫を以て蛇処を鎮め、以てこれを厭す〉
『日本紀』七や『豊後風土記』に景行帝十二年十月碩田国(おおきたのくに)に幸(みゆき)し稲葉河上に土蜘蛛を誅せしに血流れて踝(つぶなき)に至るそこを血田というとあるのも土が赤かったからの解説(いいわけ)だろ
八坂入彦皇子(やさかのいりびこのみこ)の女(むすめ)弟媛(おとひめ)は無類飛び切りの佳人なり、その再従兄に当らせたもう景行帝その由聞(きこ)し召して、遠くその家に幸(みゆき)せしに、恥じて竹林(やぶ)に隠れたので、帝泳(くくり)の宮に居(いま)し鯉多く放ち遊びたもう。