“びやうしん”の漢字の書き方と例文
語句割合
病身100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
家督(かとく)に致せしとの事餘人は兎(と)もあれ此内記が心には是れ甚(はなは)だ如何(いかゞ)のことに思はるゝなり然(さ)れば渠等(かれら)兩人は先平助の代より舊來(きうらい)の家來共の事故藤五郎が病身(びやうしん)の時は弟(おとゝ)の藤三郎に家督(かとく)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
が、其(そ)の時(とき)の覺(おぼ)えがあるから、あたりを拂(はら)つて悠然(いうぜん)として教(をし)へた。——今(いま)はもう代(だい)は替(かは)つた——亭主(ていしゆ)は感心(かんしん)もしないかはりに、病身(びやうしん)らしい、お粥(かゆ)を食(た)べたさうな顏(かほ)をして居(ゐ)た。女房(にようばう)が評判(ひやうばん)の別嬪(べつぴん)で。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
三十(さんじふ)過(す)ぎた病身(びやうしん)の女(をんな)らしい
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
幼年より病身(びやうしん)と雖も御惣領(ごそうりやう)なれば強(おし)て家督(かとく)に立給しが綱教卿も同年九月九日御年廿六歳(さい)にて逝去(せいきよ)なり然るに次男(じなん)頼職卿(よりなりきやう)も早世(さうせい)なるに依(より)紀伊家は殆(ほとん)ど世繼(よつぎ)絶(たえ)たるが如し三男(なん)信房卿同家へ養子(やうし)と成(なら)せられて間(ま)は無(なけ)れ共外に御血筋(ちすぢ)なき故まづ左京太夫頼純(よりすみ)の四男宗通(むなみち)の次男を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
踏(ふみ)しめ徐々と出來る跡には役僧(やくそう)二人付そひ常に替(かはり)し行粧(ありさま)なり頓(やが)て門まで來り浪人に向(むか)ひ恭々(うや/\)しく是は/\山内先生には宜こそ御入來(ごじゆらい)成たり率(いざ)御案内と先に進(すゝめ)ば浪人(らうにん)は臆(おく)する色なく引續(ひきつゞ)いて隨ひ行ぬ扨此浪人の山内先生とは如何なる者といふに元(もと)は九條前關白殿下(くでうさきのくわんぱくでんか)の御家來にて山内伊賀亮(やまのうちいがのすけ)と稱(しよう)せし者なり近年病身(びやうしん)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)