“とくがはし”の漢字の書き方と例文
語句割合
徳川氏100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
ところが江戸時代えどじだいになると、徳川氏とくがはし政治せいじ方針ほうしんがさうであり、またなかをさまつてたゝめか、學問がくもんさかんになつてました。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
こゝに信州しんしう六文錢ろくもんせん世々よゝ英勇えいゆういへなることひとところなり。はじめ武田家たけだけ旗下きかとして武名ぶめい遠近ゑんきんとゞろきしが、勝頼かつより滅亡めつばうのちとし徳川氏とくがはし歸順きじゆんしつ。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それにきかへて日光につこうにある徳川氏とくがはしびようがあのとほり立派りつぱなのをて、蒲生君平がまうくんぺいなどが憤慨ふんがいして尊王そんのうねんおこしたので、まことにむりのないことであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
すで寛保年中くわんぽねんちう一時いちじきうすくはむため、老職らうしよくはい才覺さいかくにて、徳川氏とくがはしより金子きんす一萬兩いちまんりやう借用しやくようありしほどなれば、幼君えうくん御心おんこゝろなやませたまひ、なんとか家政かせい改革かいかくしてくにはしら建直たてなほさむ
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)