鉢金はちがね)” の例文
赤くさびているかぶと鉢金はちがねのようなものが透いて見える。ただの鍋かなんぞかも知れないが勘太は、それをさえ足に踏むことをおそれた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は広いへやの片隅にいて真ん向うの突当つきあたりにある遠い戸口を眺めた。彼は仰向いてかぶと鉢金はちがねを伏せたような高い丸天井を眺めた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……籠手こてすね当てのかずを調べ、野郎どもに渡して置け。……くさりかたびらも大切だ、千切れた所はつづるがいい……たすきの白布しらぬのあたま鉢金はちがね、さあさあ人数だけこしらえろ……
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
亀姫 (鉢金はちがねの輝く裏を返す)ほんに、討死をした兜ではありませんね。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その影を見まわすと、或る者は、石を積んで塔を作り、或る者は鎧のちぎれや兜の鉢金はちがねなどを寄せ、花を折って、供養くようしていた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうにして尽きた柳の木立こだちを風の如くにけ抜けたものを見ると、鍛え上げたはがねよろいに満身の日光を浴びて、同じかぶと鉢金はちがねよりは尺に余る白き毛を、飛び散れとのみ毿々さんさんと靡かしている。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると、かたわらの灌木帯かんぼくたいのうちから、とつぜん、躍り出した男がある。鉢金はちがねだけの素兜すかぶとに腹巻をしめた軽捷な敵だった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふと、声に覚えがあったので、片手を、上段に、ふり向いた一角は、鉢金はちがねの下とはいえ、あざやかに見える敵の顔に
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何かと思えば、冬季の陣中、食物に困ったとき、かぶと鉢金はちがねなべとして、猪肉ししや山鳥をっては食ったという話などに、ひどく傾聴けいちょうしているのだった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ざざざ——と彼方の笹むらを、いのししの分けて来るように、かぶと鉢金はちがねだけが、笹波の中に、幾つとなく、近づいて来る。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
釣瓶の竿を握ったまま、鉢金はちがねかぶと薄金うすがね面頬めんぼおに、ほとんど眼と鼻だけしか現わしていない武者の顔は、屋内を振向いて、ややしばらく鶴菜の影を凝視していた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敵のいる陣ノ腰から名島の方を望むたびに、そのこうから吹きなぐッて来る北風が、かぶとの鉢金はちがねやよろい金具に砂音すなおとをたて、皮膚の出ている部分は痛いほどだった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
到るところ柵の破壊されたあとや塹壕ざんごうのあとが見られ、草むらに落ちている刀の折れやかぶとの鉢金はちがねさびを見ても、ここのあたりの戦いの長い年月と激戦が偲ばれてくる。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一党中での美男磯貝十郎左衛門は、こよいは鋭いまなじりを鉢金はちがねに吊りあげていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「身軽がいいぞ。よけいな物は、一切具足ぐそくから取り捨てろ。かぶとも用いず、素頭すこうべ鉢金はちがねだけを当て、草鞋わらじの緒はきつく締めるな。絶壁をじ、乱岩の山上で働くには、緒が切れやすい」
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
直胤は、古兜ふるかぶと鉢金はちがねを、壇に据えさせた。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)