“金口（きんぐち）” の例文
が、それ等にも疲れた後（のち）、中村は金口（きんぐち）に火をつけながら、ほとんど他人の身の上のようにきょうの出来事を話し出した。
早春 (新字新仮名) ／ 芥川竜之介(著)
その頃の国府を燻（くゆ）らすのは、今（昭和十一年当時）の金口（きんぐち）や葉巻にも匹敵する贅で、もぐりの香具師の好みにしては、少し変でないことはありません。
銭形平次捕物控：055 路地の小判 (新字新仮名) ／ 野村胡堂(著)
それは金口（きんぐち）の巻煙草（まきたばこ）の吸いさしを、短かい銅線の切端（きれはし）の折れ曲りに挟んで、根元まで吸い上げた残りであった。
老巡査 (新字新仮名) ／ 夢野久作(著)
そして、それが来るまで彼はやたらに金口（きんぐち）を吹かして、昌作にもすすめた。昌作もやはり黙ってその煙草を吹かしながら、向うから話し出されるのを待った。
野ざらし (新字新仮名) ／ 豊島与志雄(著)
しかしそれにも係わらず事務長は言いわけ一ついわず、いっこう平気なもので、きれいな飾り紙のついた金口（きんぐち）煙草の小箱を手を延ばして棚（たな）から取り上げながら
或る女：1（前編） (新字新仮名) ／ 有島武郎(著)
妙子は、もう近頃は幸子の前でおおびらになっているので、帯の間から白鼈甲（しろべっこう）の煙草入を出して、昨今では貴重な舶来の金口（きんぐち）を一本取って、ライタアを点じた。
細雪：02 中巻 (新字新仮名) ／ 谷崎潤一郎(著)
器用に金口（きんぐち）をトントンとテーブルにたたいて、分らない笑顔（えがお）で答えた。——船長は、監督が何時でも自分の眼の前で、マヤマヤ邪魔をしているようで、たまらなく不快だった。
蟹工船 (新字新仮名) ／ 小林多喜二(著)
そうしてその中からまた新らしい金口（きんぐち）を一本出してそれに火を点（つ）けた。行きがけの駄賃（だちん）らしいこの所作（しょさ）が、煙草（たばこ）の箱を受け取って袂（たもと）へ入れる津田の眼を、皮肉に擽（くす）ぐったくした。
明暗 (新字新仮名) ／ 夏目漱石(著)
マッチ箱の中に十数本のマッチと金口（きんぐち）の煙草の吸殻が一つ入っていた。
妻の秘密筥 (新字新仮名) ／ 佐々木邦(著)
金口（きんぐち）の露西亜煙草のけむりよりなほゆるやかに燃ゆるわが恋
桐の花 (新字旧仮名) ／ 北原白秋(著)
欣七郎は、金口（きんぐち）を点（つ）けながら
怨霊借用 (新字新仮名) ／ 泉鏡花(著)
が、彼は何も云わずに、金口（きんぐち）をふかしているばかりだった。もっとも美津はその時にはとうにもう台所へ下（さが）っていた。
お律と子等と (新字新仮名) ／ 芥川竜之介(著)
大小取交（とりま）ぜた分厚い札束を、いい加減に二分して左右の内ポケットに突込んだ私は、すこし寛（くつろ）いだ気持になった。すすめられるまにまに細巻の金口（きんぐち）を取って火を点（つ）けた。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) ／ 夢野久作(著)
ゆっくり内衣嚢（うちがくし）から巻煙草（まきたばこ）入れを取り出して、金口（きんぐち）を一本つまみ取ると、炭の上にたまった灰を静かにかきのけるようにして火をつけて、のどかに香（かお）りのいい煙を座敷に漂わした。
或る女：2（後編） (新字新仮名) ／ 有島武郎(著)
いつもこてこてと髪をなでつけて、金口（きんぐち）の煙草を吹かしていた。
反抗 (新字新仮名) ／ 豊島与志雄(著)
俊助はまた金口（きんぐち）に火を付けながら、半ば皮肉な表情を浮べた眼で、もう一度「それから？」と云う相図（あいず）をした。
路上 (新字新仮名) ／ 芥川竜之介(著)
展望車の安楽椅子に金口（きんぐち）を輪に吹く紳士の鼻の淋しさは、何とも包む術（すべ）はないものでしょうか。
鼻の表現 (新字新仮名) ／ 夢野久作(著)
俊助は金口（きんぐち）の煙草（たばこ）に火をつけると、気軽そうにこう云って、卓子（テエブル）の上に置いてある黄水仙（きずいせん）の鉢へ眼をやった。
路上 (新字新仮名) ／ 芥川竜之介(著)
黒っぽいモーニングコートに縞（しま）ズボン白胴衣（チョッキ）の轟氏がタダ独りで、事務机の前の廻転椅子に腰をかけて、金口（きんぐち）煙草を吹かしながら一時二十五分を示している正面の大時計を見ている。
二重心臓 (新字新仮名) ／ 夢野久作(著)
硝子（ガラス）会社の社長のゲエルは悲しそうに頭を振りながら、裁判官のペップにこう言いました。しかしペップは何も言わずに金口（きんぐち）の巻煙草（まきたばこ）に火をつけていました。
河童 (新字新仮名) ／ 芥川竜之介(著)
そうして黒い髪毛（かみのけ）ばかりが房々と波打って幽霊のように延びて行ったが、それを両手で掴んだり引っぱったりして、何ともいえない微妙な手ざわりを楽しみつつ、金口（きんぐち）の煙草を吸って
鉄鎚 (新字新仮名) ／ 夢野久作(著)
須田町（すだちょう）の乗換で辰子（たつこ）と分れた俊助は、一時間の後この下宿の二階で、窓際の西洋机（デスク）の前へ据えた輪転椅子に腰を下しながら、漫然と金口（きんぐち）の煙草（たばこ）を啣（くわ）えていた。
路上 (新字新仮名) ／ 芥川竜之介(著)
金口（きんぐち）でない両切煙草を、吸口無しで吸う奴は、相当のインテリだろう。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) ／ 夢野久作(著)
二人がこんな話をしている間（あいだ）に、慎太郎は金口（きんぐち）を啣（くわ）えながら、寂しそうな洋一の相手をしていた。
お律と子等と (新字新仮名) ／ 芥川竜之介(著)
ペップは金口（きんぐち）の煙草の煙をまず悠々（ゆうゆう）と吹き上げてから、いかにもつまらなそうに返事をしました。
河童 (新字新仮名) ／ 芥川竜之介(著)
神山は金口（きんぐち）を耳に挟（はさ）みながら、急に夏羽織の腰を擡（もた）げて、匇々（そうそう）店の方へ退こうとした。
お律と子等と (新字新仮名) ／ 芥川竜之介(著)