にじ)” の例文
そして、身体をあちこちに廻しながら物をにじるような格好をして母を見い見い外へ出て行こうとした。「かよいは?」と母が訊いた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
すると美留藻は乱暴にも、突然いきなり馬を紅矢に乗りかけて、逃げる間もなく踏みにじり蹴散らして、大怪我をさせてしまいました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
若僧の眼はようように鋭き凄色せいしょくを帯び、妙念は怪しき焔を吐くばかりの姿して次第ににじり迫る。さらに長き期待の堪うべからざるがごときじょうの緊張。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
人々は互いに押しつぶし、踏みにじり、死せる者をも生ける者をも乗り越して走った。腕と腕とはつかみ合った。
是より最後のたのしみは奈良じゃと急ぎ登り行く碓氷峠うすいとうげの冬最中もなか、雪たけありてすそ寒き浅間あさま下ろしのはげしきにめげずおくせず、名に高き和田わだ塩尻しおじり藁沓わらぐつの底に踏みにじ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
涙と水ぱなが流れだした。そして、むかむか腹立たしくなった。もくもくくすぶっているき木に怒りがぶっつかって行った。雪のついたくつの先でそれをにじりつけた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
高縁へ腰をにじって、爪尖下つまさきさがりに草鞋わらじの足を、左の膝へもたせ掛けると、目敏めざとく貴婦人が気を着けて
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
胡座あぐらをかいた股の間へ手焙てあぶりをかゝへ込んで、それでも足らずにぢり/\とにじり出しながら
我等の一団と彼 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
この谷で忘られないものになった、足許には矢車草の濶い葉や、車百合の赤い花があったようだが、眼もくれずに踏みにじって行く、森がつきて河原に出ると、岳川岳の大きな岩石が
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
人間の箱鮨詰はこすしづめというのはああいう時を指して言うのでしょう。子供などは人と人との間にはさまって動けない。どうかすると出際でしなに混雑して踏みにじられて死んだというような事も折々おりおりあるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
が、彼の身体は曲った真油の背の上で舟のようにっていた。と、次の瞬間、彼はにじられた草の緑が眼につくと、反耶に微笑ほほえ不弥うみの女の顔を浮べて逆様さかさま墜落ついらくした。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
名誉や金銭に縛られて心にもない妥協をしたり苟合こうごうしたり、腐敗したり、堕落したりして、純真な恋を踏みにじったり、引歪ひきゆがめたり、売物買物にしたりする紳士淑女たちの所謂いわゆる
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
草鞋わらじに踏みにじった雪片は、山桜の葩弁はなびらのように、白く光ってあたりに飛び散る。
槍ヶ岳第三回登山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
そうして悪魔の『瞬』……七ツの果物は悪魔のすうであった。……私は七ツのすうに咀われた。悪魔の美紅に欺された。悪魔の『瞬』に踏みにじられた。ああ恐ろしい。……嗚呼ああ苦しい。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
反絵は奴隷の置き忘れた弓と矢を拾うと、破れた蜘蛛の巣をくぐって森の中へ馳け込んだ。しかし、彼の片眼に映ったものは、霧の中に包まれた老杉とにじられた羊歯しだの一条の路とであった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)