谿河たにがわ)” の例文
柳屋やなぎやの柳の陰に、かどはし谿河たにがわながれに立つ姿は、まだ朝霧をそのままのはぎにも女郎花おみなえしにも較べらるる。が、それどころではない。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お山の下の恐しい、あの谿河たにがわを渡りました。村方むらかたに、知るべのものがありまして、其処そこから通いましたのでございます。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お沢 どうぞ、このままお許し下さいまし、唯お目の前を離れましたら、里へも家へも帰らずに、あの谿河たにがわへ身を投げて、しんでおわびをいたします。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
米町よねまち川が、村の中を、すぐ宿の前を流れますが、谿河たにがわながら玉を切るの、水晶を刻むのと、黒い石、青いいわを削り添えて形容するようなながれではありません。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
谿河たにがわの水に枕なぞ流るるように、ちょろちょろと出て、山伏のもすそまつわると、あたかも毒茸が傘の轆轤ろくろはじいて、驚破す、取てもう、とあるべき処を、——
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここら奥の谿河たにがわだけれど、ずっと川下かわしもで、東海道の大井川おおいがわよりかいという、長柄ながら川の鉄橋な、お前様。川むかいの駅へ行った県庁づとめの旦那どのが、終汽車しまいぎしゃに帰らぬわ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はやき流れの谿河たにがわを隔てて、大いなる巌洞いわあなあり。水の瀬激しければ、此方こなたの岸より渡りゆくもの絶えてなし。一日あるひ里のもの通りがかりに、その巌穴の中に、色白く姿乱れたる女一人立てり。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
松のかたへ小戻りして、向合った崖縁に立って、谿河たにがわを深く透かすと、——ここは、いまの新石橋がかからない以前に、対岸から山伝いの近道するのに、樹の根、巌角いわかどを絶壁に刻んだこみちがあって
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そばに大きな石の手水鉢ちょうずばちがある、かがんで手を洗うように出来ていて、かけひ谿河たにがわの水を引くらしい……しょろ、しょろ、ちゃぶりと、これはね、座敷で枕にまで響いたんだが、風の声も聞こえない。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もうひらけていて、山深くも何ともありません、四五たび行馴ゆきなれておりますから、谷も水もかわった趣と云ってはありませんが、秋の末……もみじ頃で、谿河たにがわから宿の庭へ引きました大池を、瀬になって
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それが、潺々せんせんとしていわむせんで泣く谿河たにがわよりもさみしかった。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)