“説(ぜい)” の例文
此(これ)を以(もつ)て相持(あひぢ)する、此(こ)れ説(ぜい)の成(な)る也(なり)。伊尹(いゐん)は(九七)庖(はう)と爲(な)り、百里奚(りけい)は(九八)虜(りよ)と爲(な)る、(九九)皆(みな)由(よ)つて其上(そのかみ)に干(もと)めし所(ところ)也(なり)。
孔子、王道を行なわんと欲して東西南北し、七十たび説(ぜい)したれども、偶(あ)う所なかりき。故に衛の夫人と弥子瑕とに因りて、その道を通ぜんと欲せり。(『淮南子(えなんじ)』、泰族訓)
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
凡(およ)そ説(ぜい)の難(かた)きは、吾(わ)が知(ち)の以(もつ)て説(と)くこと有(あ)るの難(かた)きに非(あら)ざる也(なり)。(五七)又(また)吾(わ)が辯(べん)の能(よ)く吾(わ)が意(い)を明(あきらか)にするの難(かた)きに非(あら)ざる也(なり)。
然(しか)れども韓非(かんぴ)は説(ぜい)の難(かた)きを知(し)り、説難(ぜいなん)の書(しよ)を爲(つく)ること甚(はなは)だ具(そな)はれるも、終(つひ)に秦(しん)に死(し)し、自(みづか)ら脱(のが)るること能(あた)はざりき。