蝙蝠傘こうもり)” の例文
「そうさ。たった二つだ。そら、こことここに」と圭さんは繻子張しゅすばり蝙蝠傘こうもりの先で、かぶさるすすきの下に、かすかに残る馬の足跡を見せる。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ようございます、今更帰れもせず、提灯を点火つけることも出来ませんから、どうせ差しているのではないその蝙蝠傘こうもりをお出しなさい。そうそう。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
洋服、脚絆きゃはん草鞋わらじ旅装なりで鳥打ち帽をかぶり、右の手に蝙蝠傘こうもりを携え、左に小さな革包かばんを持ってそれをわきに抱いていた。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そうさ、よく路傍みちばたの草の中に、揃えて駒下駄こまげたが脱いであったり、上の雑樹の枝に蝙蝠傘こうもりがぶら下っていたり、鉄道で死ぬものは、大概あの坂から摺込ずりこむってね。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私もみんなの後から、蝙蝠傘こうもりの雫をきりきり、そのままでいて上った。もっとも雑草の離々たる原っぱを横切って来たので、私たちの泥まみれの靴は綺麗に拭かれていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
よろこび勇んで四人はとある漁船のかげに一休みしたのであるが、思わぬ空の変わりようにてにわかに雨となった。四人は蝙蝠傘こうもり二本をよすがに船底に小さくなってしばらく雨やどりをする。
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「こうか。——なるほど、こりゃ大変浅い。これなら、僕が蝙蝠傘こうもりを上から出したら、それへ、らまって上がれるだろう」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
勿論少し大きな肩から掛けるカバンと、風呂敷包ふろしきづつみ一ツ、蝙蝠傘こうもり一本、帽子、それだけなのだからすぐに支度は出来た。若僧は提灯を持って先に立った。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
多時しばらく思入った風であったが、ばさばさと引裂ひっさいて、くるりと丸めてハタと向う見ずにほうり出すと、もう一ツの柱のもとに、その蝙蝠傘こうもりに掛けてある、主税の中折帽なかおれへ留まったので
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こないだ蝙蝠傘こうもりを買ってもらう時にも、いらない、いらないって、わざと云ったら、いらない事があるものかって、すぐ買って下すったの
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その雲が今開いてさしかざした蝙蝠傘こうもりの上にまで蔽いかぶさったかと思うほど低く這下はいさがって来ると、たまらない、ザアッという本降ほんぶりになって、林木りんぼくも声を合せて
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まことに硯を持って入って、そのかわり蝙蝠傘こうもりと、その柄に引掛けた中折帽なかおれを忘れた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
げかかった山高帽を阿弥陀あみだかぶって毛繻子張けじゅすばりの蝙蝠傘こうもりをさした、一人坊ひとりぼっちの腰弁当の細長い顔から後光ごこうがさした。高柳君ははっと思う。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見すぼらしい服装なりをして、ズックの革鞄と毛繻子けじゅす蝙蝠傘こうもりを提げてるからだろう。田舎者の癖に人を見括みくびったな。一番茶代をやっておどろかしてやろう。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「うん、待ってる、ここだよ」と圭さんは蝙蝠傘こうもりで、がけの腹をとんとんたたく。碌さんは見当を見計みはからって、ぐしゃりと濡れ薄の上へ腹をつけて恐る恐る首だけをみぞの上へ出して
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そう、それじゃ仕方がない。だけどこないだのように蝙蝠傘こうもりを買って下さる御金があるなら、保険に這入る方がましかも知れないわ。ひとがいりません、いりませんと云うのを
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
岩崎いわさきへいが冷酷にそびえている。あの塀へ頭をぶつけてこわしてやろうかと思う。時雨しぐれはいつかんで電車の停留所に五六人待っている。の高い黒紋付が蝙蝠傘こうもりを畳んで空を仰いでいた。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雪が飛んで頭の上がまだらになるから、僕が蝙蝠傘こうもりをさしけてやった
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)