老先おいさき)” の例文
その内に老先おいさきが短くなってくる、女房子のいる所が恋しゅうなってうかうかと帰って来たんや。老先の長いこともない者やけに皆よう頼むぜ。
父帰る (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「本當ですとも、親分。六十になる母親の老先おいさきを幸せにするだけなら、三千兩でも多過ぎる位で、あとは私が精一杯働きます。何んなら——」
そういう立派な志のある方を殺して、老先おいさき短き我々が災難をのがれたとて何の役に立とうか。私も不肖ながら仏教を真実に信じて居る一人である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
り候ものゝ実は少々老先おいさき心細くこれではならぬと時にはひたいに八の字よせながら机に向つて見る事も有之候へども一
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この先も同じことだからお前も決して癖見根生ひがみこんじょうを起さず、何処どこまでも私達を父母と思って老先おいさきを見届けて呉れ。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それがしは敗軍の一将、また、老先おいさきもない老朽ですが、一子鶴千代は、何とか世のお役にも立つ者になれかしと、常々、多少訓育して来た者にござります。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老先おいさき短いこの年寄が、忰に代って生き永らえ、悲しいやら面目ないやら、心苦しゅうござりまするが、御門徒宗が他宗の智識に、これほどまでにめられる手柄を
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
顔にも皺が糸のもつれた如くよって来た。この分では老先おいさきも長くあるまい。この人の言うことにそむくのも気の毒だと思って、何の考えもなく、黙って鳥籠の口を開けた。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
おきなはりきみました。ひめも、年寄としよつた方々かた/″\老先おいさき見屆みとゞけずにわかれるのかとおもへば、おいとかかなしみとかのないあのくにかへるのも、一向いつこううれしくないといつてまたなげきます。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
泰軒さんに頼んでゆけば、大事ないとはいうものの、老先おいさきの短い身で、この愛する二人に別れる悲しみを思うと、それは、点火された芸術的興奮に、冷却の水をそそぐに十分だった。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何分なにぶんにも老先おいさきの短かい身に頼り少いのが心細く、養子を貰ったそうだ。
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
そろへ何故と申儀しかと存じ候はねども常々つね/″\老母らうぼが我々に申候には嫁が孝行かうかうに致してくれるはうれしけれども生甲斐なき我が身が居るゆゑ孝行なる嫁に苦勞くらうかけ老先おいさきの有者を此儘にくちさするは憫然あはれなり是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
お楽の手前、きまりが悪かったら、俺が一緒に行って、よく話してやるよ。お楽だって、気の強いことをいっても、二人の娘に死なれちゃ、老先おいさきが心細かろう。
この上は、ひとつ、三十三間堂から、いい弦鳴つるなりを聞かせてくれ。そしてやはり帰る所へ帰ってくれ。——貴公の兄上、貴公の妹、それからあの老先おいさきのみじかい御老母。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人間の寿命に相応ふさはしい、嫁入り、子育て、老先おいさきの段取りなぞ地道に考へてもそれを別に年寄り染みた老け込みやうとは自分でも覚えません。縫針の針孔めどに糸はたやすく通ります。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「お気のどくですが、老先おいさきを知って、やろうとなさっているお気もちが、いたましく見えまする」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上手とはいわれなかったが、とにかく、先代までは田無の刀鍛冶で相当に暮していたのが、かあいい百之介の代になって百姓鍛冶に落ちぶれてしまったのが、何よりも、おしげの老先おいさきを暗くしていた。
野槌の百 (新字新仮名) / 吉川英治(著)