旧字:眼覺
しかし生きそして愛する本能が眼覚めた今となっては、彼女はどうすることもできなかった。その本能のほうが彼女より強かった。
「お眼覚めかな。戸部氏もあの通り殊のほかお腹立ちの模様だから、ちょっと謝りなさい。あやまって改めてわれら一同へ年賀の礼をなされたがよかろう」
みなべらべらしゃべってしまった。それがすべて翌朝暗号電報となって特設の経路からベルリンへ飛ぶ。当時のマタ・アリの活動は、まことに眼覚ましかった。たださえパリーだ。戦時である。
けれどもかくの如き平安によって保たれる人も社会も災いである。若し彼が或る動機から、猛然としてもとの自己に眼覚める程緊張したならばその時彼は本能的生活の圏内に帰還しているのだ。