目脂めやに)” の例文
鼻をひこつかせるやうにして、猪之介は竹格子の間に白く浮き出してゐるお光の顏らしいものを、目脂めやにの一杯に溜つた眼で見詰めた。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
目脂めやにを拭って、再び見直した。耳にまつわる毛を払いのけて、男が何を云ってるのかを聞こうと焦った。腰を伸ばして塀に掴まった。
反逆 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
すりきれたくしゃくしゃのたてがみは、主のそそけた髪にも似て来、しょぼしょぼ濡れている眼は、主のそれと同じくいつも目脂めやにをたたえていた。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
老人は目脂めやにだらけの眼を見張って、囁くようにこう云った。が、新田はその答には頓着とんちゃくする気色けしきもなく、俊助の方を振返って
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
笑いもせず、泣きもせず、口数もきかず、わしが咳をすれば吐月峯はいふきを、眼鏡をはずせば、すぐ目脂めやにを拭く手帛てぎぬをといった風によく気がついた。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
「旦那はん、これ一円札どつせ。」茶店の媼さんは、目脂めやにの浮いた眼で博士の顔と紙幣とを等分に見くらべた。「こないたんと戴いては冥加みやうがに尽きまつさ。」
彼に憑かれた者は一方の目から目脂めやにを出し、また必ず片足を引きずること、あたかも長篠よりやや南方の牛久保という町を郷里とする、山本勘介と同じであった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼の眼は数年まえから病んでいて、絶えず涙が出、目脂めやにが溜り、そうして視力が弱るばかりであった。
圭子はよく彼女をつかまへて、ぐすりをたらしてみこませるために、目蓋まぶたきかへして、何分かのあひだ抑へてゐるのであつたが、片目の目脂めやにが少し減つたと思ふと
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
よだれやら目脂めやにやら止めどもなく流し、タヌの手やら顔やらでれりでれりとなめあげた。
級数的に入浴が面倒で億劫おつくふになり、さては、爪垢がたまつて、肌はじとじとしはじめ、鼻わきからあごにかけててらてらと油は浮くし、目脂めやにはたまり放題、鼻糞は真黒にかたまつてゐる
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
顔はしなびて小さく眼はしょぼしょぼし、絶えず目脂めやにが流れ出ていた。両足の指先の肉は、すっかりコケ落ちて、草履を引っかけることもできず、足をひもで草履の緒に結びつけていた。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
かおはとうにあらっていたが、藤吉とうきち眼頭めがしらには、目脂めやに小汚こぎたなくこすりいていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
いつも目脂めやにをためてじめじめした眼付をしていた。夜は何も出来なかったけれど、昼間はせっせと内職の竹楊子を拵えていた。その惨めな仕事に時々、父のカンカンいう金槌の音が織りこまれた。
隠士は目脂めやにたまった眼をしょぼつかせながら答えた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
いつも目脂めやにをいっぱい溜め、赤くただれた眼からたえず涙をながしている。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)