癒着ゆちゃく)” の例文
それを握つた少年の手のひらには、三筋ほど紫色のみみず腫れが出来て、水腫が破れて皮膚が癒着ゆちゃくするまでには十日ほどかかつた。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
登は手でその腫脹に触れ、それが石のように固く、ぜんたいが骨に癒着ゆちゃくしているように動かないのをたしかめながら思い当る病名を去定に答えた。
あらゆる癒着ゆちゃくの幻影がじつは錯覚にすぎないこと、それだけが確実なことであるのを、私は「死」の光にてらしだされながら、全身の肌で感じていた。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
薄紫色に大体は癒着ゆちゃくしているように見えながら、探りを入れたら、深く入りそうに思える穴もあって、そこから淋巴液りんぱえきのようなものが入染にじんでいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
眉間みけんにつけられた牡丹餅大ぼたもちだいの傷は癒着ゆちゃくしたけれども、その見苦しい痕跡こんせきばかりは、拭っても、削っても取れません。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すなわち一花中に数子房があって、それがたがいに分立ぶんりつせずして癒着ゆちゃくし、ここに複成子房をなしているのである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
膿が腸と癒着ゆちゃくした箇所が破れてくれるとよいけれども、肋膜ろくまくや、気管や、腹膜の方へ破れると、大抵助からない。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
切開せっかいです。切開して穴と腸といっしょにしてしまうんです。すると天然自然てんねんしぜんかれためんの両側が癒着ゆちゃくして来ますから、まあ本式に癒るようになるんです」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
上半身を起そうと思って、床を両手で突っ張ったが、私の肩は、床の上に癒着ゆちゃくせられたように動かなかった。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
子供に「母さん」と呼ばせるのも、その手数の一つで、それは世間ていや何かのためではない。それが手おくれになると、きずがうまく癒着ゆちゃくしない、というのである。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「お蔭さまでもう間もなく傷が癒着ゆちゃくします。後二三日、晩くても四五日で退院出来る積りです」
秀才養子鑑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「例えばですね」三谷は何かいいにく相に、「硫酸か何かで、ひどく焼けただれた皮膚ひふ癒着ゆちゃくするのには、どれ程の日数がかかりましょう。半月もあれば十分ではないでしょうか」
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
目下盲腸は癒着ゆちゃくしているからつれたり何か無理がゆくと工合わるい程度であるのに、余り丈夫でないのに切るのはというわけです。御心配なさっているといけないから、とりあえず。
彼の古傷は外面は癒着ゆちゃくしていたけれど、きわめて深い傷でまだすっかりえていなかった。そして彼は人と交渉を結ぶのを恐れていた。愛情や苦悩の鎖にふたたびつながれるのを恐れていた。
その男の芸術生活の根源と癒着ゆちゃくしているのかもしれないという嫌疑が。
家の大黒柱に白蟻がついてるのを見付けた時のように周章うろたえました。堤の切れるのは何をいても早く埋めなければならない。たちの悪い肉の癒着ゆちゃくは荒療治でも容赦なく截り分けなければならない。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
本心から左様に発心ほっしんして精進しょうじんしているわけではなく、事情しからしめた故にそうなったので、この事情が除かるるならば——たとえば面の傷が癒着ゆちゃくするとか
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただ、その繃帯をときおえたとき、博土の頭部とうぶをぐるっと一まわりして、三ミリほどのはばの、手術のあとの癒着ゆちゃく見たいなものが見られ、そのところだけ、毛が生えていなかった。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そのとき不図ふと妾は、いままでに考えていなかったような恐ろしいことを考え出した。それは真一の瘢痕のあるところに、もう一つ別の人間の身体が癒着ゆちゃくしていたのではなかろうか。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その禿というのは、天性、毛髪が不足しているというわけではなく、相当の期間以前に生傷なまきずであったものが癒着ゆちゃくして、この部分だけ毛髪がなくなっているのだとしか見られないのです。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もし足の甲の上にたいへんよく切れるまさかりを落としたとしたら、あんな傷が出来やしないかと思う。傷跡は癒着ゆちゃくしているが、たいへん手当がよかったと見えて、実に見事に癒っている。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)