無之これなき)” の例文
此段御承引ごしよういん無之これなきに於ては、仮令たとひ、医は仁術なりと申し候へども、神仏の冥罰みやうばつも恐しく候へば、検脈の儀ひらに御断り申候。
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
毎度の文にてこまかに申上候へども、一通の御披おんひらかせも無之これなきやうに仰せられ候へば、何事も御存無ごぞんじなきかと、誠に御恨おんうらめし存上候ぞんじあげさふらふ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何やら申聞もうしきかしをり候処へ、また一人のさむらい息を切らしてかけ来り、以前の侍に向ひ、今夜の事は貴殿よりほかには屋敷中誰一人知るものも無之これなき事に候なり。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
僕は長男にして家には財産ざいさんと申すは少しばかりより無之これなきに候う。親は僕に待っていること少なからざるべく候う。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
試験その他の事項に就いては追って御通知する。六月二十日深夜までにその御通知の無之これなき場合は、断念せられたし。その他、個々の問合せには応じがたい。云々うんぬん
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
此度の件に就ては色々御心尽しをかたじけのうし、何と御礼申してよきやら、御礼の申上げようも無之これなき次第、主は必ず小生に成代なりかわり、御先生の御心尽しの万分の一たりとも
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
この躬恒みつねの歌、百人一首にあれば誰も口ずさみ候へども、一文半文のねうちも無之これなき駄歌に御座候。この歌はうその趣向なり、初霜が置いた位で白菊が見えなくなる気遣きづかい無之候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
なしつゝ賊難にかゝりたるは如何なる前世の宿業しゆくごふにやとあきらめ候より外に致し方無之これなきと申立ければ越前守殿假令たとへ弟十兵衞が何と申共一日や二日で歸村きそんの成るべき所にも非らざればしひても止むべきが兄たる者のじやうならずや其方が仕成しなし方甚だ以つて其意を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
されば本業の小説も近頃は廃絶の形にて本屋よりの催促断りやうも無之これなきまま一字金一円と大きく吹掛ふっかけを
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
『新ロマン派』も十月号より購読致し、『もの想う葦』を読ませて戴き居候。知性の極というものは、……の馬場の言葉に、小生……いや、何も言うことは無之これなき候。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この躬恒みつねの歌「百人一首」にあれば誰も口ずさみ候えども、一文半文のねうちも無之これなき駄歌に御座候。この歌はうその趣向なり、初霜が置いたくらいで白菊が見えなくなる気遣無之きづかいこれなく候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
十、十四日には又澄見ちようこん参り、人質の儀を申しいだし候。秀林院様御意なされ候は、三斎様のお許し無之これなきうちは、如何やうのこと候とも、人質に出で候儀には同心つかまつるまじくと仰せられ候。
糸女覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
次にはまた、もし彼の金子今以て別条無之これなきにおいては、天下の通宝つうほうを無用に致し置くわけなれば、誰なりと取出し、勝手に遣へばよきものをといふ心にも相なり申候。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
但しもとより夢にては無之これなき事に候間、とかくする中、東の空白みかゝりねぐらを離るゝからすの声も聞え候ほどに、すこしは安心致し草むらの中より這出はいだし、崖下へ落ち候二人の侍
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)