潜門くぐりもん)” の例文
旧字:潛門
路地の内ながらささやかな潜門くぐりもんがあり、小庭があり、手水鉢ちょうずばちのほとりには思いがけない椿の古木があって四十雀しじゅうから藪鶯やぶうぐいすが来る。
花火 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「お前はいから行け、泥坊なんぞになるものぢやあないぞ」と云つた。八は黙つて、お辞儀をして、太吉を尻目で見て、潜門くぐりもんを出て行つた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼らがパンの切れを食い終わって、向こうにフォルス監獄の低いいかめしい潜門くぐりもんが見える陰鬱いんうつなバレー街のかどまで達した時、だれかが声をかけた。
人間は傍の小さい潜門くぐりもんから世を忍ぶものゝやうに不自由勝ちに出入するわが家のものは、無意識にもせよ、この質素な蔦を真実愛してゐるのだつた。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
招魂社の裏手の知れにくうちで、車屋に散々こぼされて、やッと尋ね当てて見ると、門構は門構だが、潜門くぐりもんで、国で想像していたような立派な冠木門かぶきもんではなかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
これが反対あべこべだと、もと潜門くぐりもんへ押出されます処でございました。強いて入りますほどの度胸はないので。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
驚いてもと来た横町に戻り、薄暗い電燈をたよりに、人家の軒下や潜門くぐりもんの表札に番地を見定めながら、やっとの事で目的の家へ行きついた。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
八は暫く外の往来に気を着けてゐたが、此やしきの外を通るものはない。そこで潜門くぐりもんに手を掛けた。其時潜門はだしぬけに外から開けられて、中へ這入る男がある。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
枯葎かれむぐらを手探りで、墓から迷って出たように、なお夢心地で、潜門くぐりもんを——何となく気咎きとがめがして——そっと出ると、覚えた路はただ一筋、穴の婆さんのあたりに提灯ちょうちんが一つある。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
金があるのにいつもかぎをポケットに入れ蝋燭ろうそくを門番の所に預けておくとか、潜門くぐりもんから出入りするとか、裏の階段から上ってゆくとか、すべてそういう何でもなさそうな特殊の癖
またおしゃまな娘美登里みどりの住んでいた大黒屋の寮なども大方このあたりのすたれた寺や、風雅な潜門くぐりもんの家を、そのまま資料にしたものであろうと
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
黒い門の大きい扉はいつも鎖されてゐて、左側の小さい潜門くぐりもんのやうな所を這入るのである。
田楽豆腐 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼らは明らかに何か相談せんためにその奥まった所を選んだのである。そこは通行人の目にもつかず、また数歩先にあるフォルス監獄、潜門くぐりもんを番してる歩哨ほしょうから見られもしなかった。
あとへ引返して、すぐ宮前のとおりから、小橋を一つ、そこも水が走っている、門ばかり、家は形もない——潜門くぐりもんを押して入ると——植木屋らしいのが三四人、土をほって、運んでいました。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
潜門くぐりもんの板屋根にはせた柳がからくも若芽の緑をつけた枝をたらしている。冬の昼過ぎひそかに米八よねはちが病気の丹次郎たんじろうをおとずれたのもかかる佗住居わびずまい戸口とぐちであったろう。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二人の婆にさしはさまれ、一人いちにんに導かれて、薄墨の絵のように、潜門くぐりもんを連れ出さるる時、夫人の姿はうしろざまに反って、肩へ顔をつけて、振返ってあとを見たが、名残惜しそうであわれであった。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新太郎は教えられた潜門くぐりもんの家を見て、あの家なら気がつかずに初め一度通り過ぎたような気もした。
羊羹 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
打込んだ門の柱には□□ぐうとした表札まだそのままに新しく節板ふしいたの合せ目に胡麻竹ごまだけ打ち並べた潜門くぐりもんの戸は妾宅しょうたくの常とていつものように外から内の見えぬようにぴったり閉められてあった。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今までひろびろしていた堀端の眺望からにわかに変る道幅の狭さに、鼻のつかえるような気がするばかりか、両側ともに屋並やなみそろわない小家つづき、その間には潜門くぐりもん生垣いけがき建仁寺垣けんにんじがきなどもまじっているが
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)